那覇を出発し、石垣を経由して与那国島へ。
上空から八重山を見下ろすと、日本ではあり得ないようなマリンブルーの海に囲まれた島々が見える。平らな島には、集落が数箇所しかない。自然に間借りさせてもらうように暮らす人々。さぁ、これから行く与那国はどんな人々が暮らしているんだろう。
11:50分、定刻通りに飛行機は着いた。
与那国での宿は、
民宿おもろ
。空港まで、宿の人が迎えに来てくれているはずだ。
ベルトコンベアに運ばれてくる荷物を見つめながら、私は自分のザックが出てくる順番を待った。それにしても、私と同様のバックパッカーはどこにいるのだろう。このベルトコンベアに集まってくるのは、どうみても地元のおじさんばっかりだ。それも、物資を運んでいるんだろうか、商品と思われる段ボール箱が山積みになって出てくる出てくる。
小さな空港での見慣れた光景。
観光客よりも、ここの空気になじみきった人達の面々が目立つ。どうやってこの島になじもうかと模索しながら、私はこの人たちの顔を見た。皆、日焼けした顔に深々とした皺を刻んでいた。
ようやく出てきたザックを背負って出口へ向かう。
こんな小さな島だというのに、迎えに来る人がたくさんいるんだ。私は自分を迎えに来てくれる人をすぐに見つけられるだろうか。宿の名前さえ、うろ覚えだというのに。
私が探すよりもまず、ショートカットの女の子が声をかけてきた。
「nonさんですか?」
そうですそうです。あ、宿の方ですか?
女の子は、すっぴんが清々しい表情で、「すぐにわかりましたよ」と笑った。
この女の子は、宿のスタッフのまぁちゃん。北海道出身の21歳の女の子だ。
まぁちゃん「数ヶ月前の私と同じ格好。懐かしい!」
まぁちゃんの運転する小さなワンボックスカーで宿へ向かう。道すがら、まぁちゃんが住み込みのバイトをしながら、次に続く旅への費用を貯金していることを知る。あははは。どこへ行っても
旅人は旅人の匂いってすぐにわかるんだよね。私、まぁちゃんが旅人だってこと、すぐにわかったよ。
私達はすぐに意気投合した。
これからもたくさんたくさんお話することあるね。よろしくね!
後日まったりとした時間を共有しようと約束し、私達は宿の前で別れた。
宿には他に誰も宿泊客の姿は見られなかった。
まさか、まったくいないわけではないだろうが、空港からずっとバックパッカーの姿は見かけなかった。おそらくシーズンでないので、旅人はあまり来ていないのだ。他の旅人から八重山地方の情報を得ようと期待していたが、これでは自分で調べねばならなさそうだな。
部屋にザックを置くと、私はいきなり畳の上にゴロンと横になった。
茶色く焼けた畳はボコボコしていて、柱は古くてボロボロ。天井も赤茶に染まり、小さな蛍光灯の電器がやけに近代的に見えた。でも、床にはチリひとつ落ちてなく、布団のシーツは真っ白でパリッとして気持ちいい。古くても清潔なこの部屋は、とても居心地が良さそうだ。さて、
私はこれから何をしよう。
しっかりとした靴からビーサンに履き替え、シーンとした宿の廊下を通って外に出る。
与那国は、燦々と照る真夏のような太陽の下、薄いブルーの水を湛えた海に浮かぶ、亜熱帯の島だ。緑の濃さ、海の色の鮮やかさ、空気の濃さ、湿気の多さ、すべてを取っても東京の灰色の空の下とは違う。
思い切り伸びをして、空を見上げると、アゲハチョウがひらひらと飛んでいくのが見えた。
こめかみから汗が垂れていくのがわかった。
ハンカチで汗をぬぐう。
暑い。これが沖縄か。
道路に出ると、人っ子一人歩いていなかった。
隣には、レンタルバイク屋とガソリンスタンドがある。
でも、客の姿はおろか、店員の姿さえ見えない。
暑すぎて、誰も外なんか出てきやしないんだ。
誰も歩いていないというのに、私は強い日差しの下、お昼ご飯を食べに出かけることにした。近所に、マルキ食堂という地元の定食屋があるというのだ。観光客目当ての食堂よりも、近所の人が集まるような食堂に行ってみたい。
200mほど歩いた左手に、食堂はあった。
開け放しの入り口から店内に入ると、重低音のブーンとした音が箇所で聞こえた。次に、かつらが吹き飛ぶような風が八方から私を襲った。見れば、この食堂では8箇所以上の大型扇風機からの豪風が店内に吹き荒れているのだ。冷えた空気よりも強い風で体の熱を飛ばす!いいねぇ。健康的だねぇ。
私は首筋の汗をぬぐった。
メニューを見る、いろんなメニューがある。迷う。迷うなー。何を食べようかなー。これから一週間もここにいる予定だし、端から順番に食べていけばいいか。よし!それなら今日は、右端の『与那国そば』を注文しようかな!
若いのか若くないのかよくわからないコケシ顔の女性がメニューを取りに来た。愛想はない。地元ではない客には冷たいのだろうか。まぁいい。とにかく与那国そばを食べてみるよ。
運ばれてきたそばは、透き通った黄色いスープにラーメンとうどんの相の子のような麺が入り、さつま揚げと豚肉と野草が添えられた逸品だった。スープはしょうがの味がほどよく利いており、ボリューム満点の麺は私の丸い腹を更に丸くさせた。おいちー!くるちー!
愛想のない女性に金を払い、私は再び人気のない外へと出た。
本当に人がいないよ...。誰も歩いてない。旅の醍醐味は人との出会いだというのに、人がいないんじゃ出会うことも出来やしないよ。耳を澄ましても、聞こえてくるのは鳥の声だけ。あー、この調子じゃ私、誰ともしゃべらず
言葉を忘れるな。東京に戻ったら、
「あーあー、うーうー」
しか言えない変人になってるかもしれないよ。そうして、久しぶりの飲み会では、石とかぶつけられて「あっちへ行け!」とかって言われたりするんだろうな。(ねぇよ)
午後の時間はゆっくりと過ぎていく。
汗で湿ったGパンを洗濯しなくちゃ...と思いながら、私は宿の畳の上で昼寝をするのであった。
いずれ私を温かく迎えてくれる与那国に、漠然とした不安を抱えながら。
(つづく)
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