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Whangareiはとても狭い町で、人が集まる繁華街なんか知れたものだし、何か派手なことをやればすぐに町の噂になってしまう。

私がWhangareiに来て、まだ2週間くらいしか経っていない頃のことだった。私の親友のだんなの従弟が、同じくワーホリでNZに滞在中とのことで、その日はたまたま近くまで来た彼が、Whangareiに立ち寄ることになっていた。待ち合わせはバス停。だけど、まだ町まで出たことなんかなくて、バス停の場所をホストファミリーに教えてもらったばかりだというのに、道に迷ってしまった。こんな狭い町なのになぁ。

行き過ぎて時間に遅れてしまわないうちに、誰かにバス停の場所を聞かなくちゃ。しかし、周囲に人はいなかった。お、向こうから人が歩いてくる。あの人に聞こうーーー。

「すみません、バス停ってどこにあるんですか?」

前もって準備していた英語をグルグルと頭の中で練習したおかげで、上手に聞くことが出来た。

「あんたー、日本人じゃねーかぁー?よーしよし、バス停だな。ちょうど車で来てるから、バス停まで送ってってあげよう。いやいや遠慮することはないよ。ほんのすぐそこだから。で、日本人だろう?町の専門学校に通ってるんだろう?タカシって知ってるだろう?」

あの、バス停を聞いただけなんですけど...。なんでこの人こんなにしゃべるのーーー???しかも、ものすごい聞き取りにくいアクセント。はっ。よく見てみると、この人はとても奇妙な格好をしていた。夏だというのに、毛糸のボンボリのついた帽子をかぶり、既に火の消えた巻き煙草をくわえ、ぼろぼろの短パン、古いアタッシュケース、そして毛糸の靴下を二重に履いていた...。

「あの、バス停の場所を教えてください。」

車で送ってあげるよ。

はっ。もしかして、この人は優しいふりをして私を車に連れこんで悪いことをしようとしているんじゃないか!?キーッ!そうは問屋が卸さなくってよ!!

「バス停はこの近くにあるはずですっ!!!」

私は半ば怒ったように言い放った。するとこの人物は一瞬ひるみ、そして、慌てて両手を振り始めた。

「わかってる。わかってるよ。そう、そうなんだ。バス停はすっごくここから近いんだ。よし、俺がそこまで歩きで送ってあげるよ。それならいいだろう?で、タカシって知ってるだろう?君の名前を聞いておこうかな。そしたらタカシがわかるかもしれない。タカシは僕のフラットに滞在している日本人の男の子なんだ。オレの名前はニック。君はなんだっけ?かずこ?え?Noriko? よし、覚えたぞー。Noriko.のーりーこー。」

私の名前を何度か復唱した後、いろいろと質問をされたがほとんどが答える間もなく、彼が突っ走ったように話まくっていた。何度も私の友達がバスで来る、と説明しているにも関わらず、「そうかー。バスでオークランドに行くんだー...。」と言って聞いてくれない。バス停に到着すると、彼は「Have a nice trip!」と言って去っていった。だから、違うってば。

それが、私とNickの最初の出会いだった...。

それから数日が経った。学校にもなれて、町のことも少しはわかるようになってきた。そして、ついに"タカシ"と名乗る日本人の子とも知り合いになった。タカシは名古屋出身の22歳の男の子。ここではビジネスコースを専攻している。小生意気なヤローだが気はいいヤツだ。22歳かなって感じ。いや、もっと子供っぽいかなー。

「Nickって俺のところのフラットのオーナーなんだけど、ちょっと変わってるんだよ。」

私はかつての出来事を彼に話した。すると、「え?あの日本人の女の子ってのりこさんのことだったの?Nickはかずこって言っとったで。」 あれほど私の名前を復唱しておきながら、まだ間違えるとは...。

「女の子の名前は全部かずこってなっちゃうんだよなー。それにすぐに車で送りたがるんだよ。なにせ自動車学校の先生だからさー。」

なるほど、犬を見るとポチ、日本人を見るとかずこ、車の送迎はNickの趣味ってところかしら。
ある日、タカシが私のことをフラットに招待してくれた。おー、あのNickと再会だー。

Nickはキッチンに立っていた。毛糸のボンボリのついた帽子をかぶり、赤いシャツにスリットのように破けてブリーフが丸見えの短パン。そして、ニットのやぶけた靴下を二重に履いている。そして、口には火の消えた巻き煙草を加えていた。「ハーイ!初めまして!日本人だね?」大きな声でNickが挨拶をしてきた。いや、私達は前にも一度会っているよ。町でバス停を聞いたじゃない。というと、あんぐり口を開け、「あ、あの日本人の女の子なの?日焼けをしているからわからなかったよー。名前はなんだっけ。かずこだっけ?」ち、ちがうよー。このくどい芸風誰かに似ているなぁ...。

もう一度私の名前を教えてあげる。彼はまたもや私の名前を大声で復唱し、黄色い小さなメモ用紙に書き取っていた。

いつも毛糸の帽子をかぶっているんですね

というと、彼は嬉しそうにベラベラと話し始めた。

「髪の毛が汚れていても、帽子をかぶっていれば大丈夫。シャツはもう23年も着ているよ。ズボンは...ちょっと(だいぶ)破けているけど、これでいいんだ。靴下も破けてるから、もう一枚上に靴下を履くんだ。これで心配はいらない。いいかい?きちんとした格好をしていると人は俺のことをお金持ちにちがいないって思うだろう?それで俺のお金を盗ろうとするんだ。だからわざとぼろぼろの格好をしておく。すると人は俺のことを貧乏だと思って見向きもしない。このアタッシュケースの中に大金が入っていたとしてもね。オレはいつでもこのアタッシュケースに大金を入れてるんだ。だから、貧乏な格好をしてなくちゃいけない。わかるだろう?

ああ、タバコが唇にくっついてるから、喋る度にタバコのカスがポロポロ落ちる。
それにしても、毛糸の帽子からここまで話が発展するとはなー。すごい人だ。でも、なんでいつもそんな大金を持ち歩いているの?

「なぜなら僕はビジネスマンだから。」

その言葉に黙っていたタカシも他のみんなも一様に吹き出した。
自分が笑われているのに、Nickはなんだか嬉しそう。

「ビジネスマンなんだよ。」

何度も嬉しそうに繰り返す。
Nickはちょっと変わっているけど、とても純粋な人だな、と思った。みんなが嬉しいと自分も嬉しい。どうやって人を喜ばしたらいいかわからないから、いろんな手を試してみるけど、その度に馬鹿にされてしまったり傷ついたりしている人。Nickはもう54歳だけど、ぜんぜんそんなふうに見えない。口を開けば「俺はもう一生セックスなんかする機会はやってこないんだ」「肌の黒い女が好きだ」「僕のGFになりたい?」 とこんなことばっかり言っている。

私とNickはいいお友達になった。「僕のGFになりたい?」と聞かれたら、「ごめんね。私、好きな人がいるの。」と言っておく。すると、哀しそうに考え込んだ後、決まって離婚した奥さんのことを罵るのだった。そしてやっぱり最後には、「死ぬ前に一度でいいからセックスをしておきたい」と言って終わるのだった。

Nickはいつも毛糸の帽子をかぶっている。同じデザインだけど色違いの帽子をいくつか持っている。シャツによって変えているようだった。ある日、帽子に赤いフェルトのかわいらしい花のワッペンをつけていることがあった。どうしたの?と聞くと「コソボでいっぱい人が死んじゃったから。」と答えていた。

Nickはお肉を食べない。なんで?と聞くと「太りすぎているから」と答える。でもトーストにはいつもたっぷりのバターをつける。

Nickはお風呂い入らない。ある日、「Nick、ちょっと臭いよ」というと、「女はこの匂いが好きなんだよ」と答えていた。

Nickは話すと止まらない。「もうすぐ出かける」と言っておきながら、2時間はたっぷり話しつづける。

どうも、日本にいる"しお"という友人と芸風がダブる。姿カタチも違うし、テンポも違う。だけど、なんだか芸風の基盤が似てるんだよねー...。
 


 
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