キュートな台湾ボーイ アイバンは家族の都合でニュージーランドに移民してきた子だった。彼がここへ生活の土台を変えたのは、彼が若干17歳のときだった。
新しい生活になじむことも出来ず、新しい友達が出来るわけでもない。遠くにある学校に通うために一人暮しを始め、更に孤独感は募っていった。テレビもない、ラジオもない、尋ねてくれる友達もいない。学校からまっすぐ帰っては、眠るまで椅子の上にひざを抱えて座るだけの毎日。中国や台湾では盛大に祝う旧正月のときも、家族のご馳走もなく、ただ海まで釣りに行って隣に立っていたマオリの人と2-3言葉を交わすだけだった。
地元の仲間達から去る前日は、夜明けまで一緒に遊んだのだそうだ。一生の友情を約束して。しかし、そんな仲間達も日々を追うごとに連絡も途絶えがちになり、こちらから連絡をしても話が盛り上がらなくなってきてしまった。地元に戻って仲間達と再会しても、既に内輪ジョークに入っていけず、お互いが完全に別々の道を歩み始めてしまっていることを思い知らされた。
「せっかく友達になったって、そうやってみんな裏切っていくんだ。」
彼はやっぱり椅子の上にひざを抱えて座りながら、そうつぶやいた。でもさ、今はこうやって私とか他の友達も遊びに来るようになったし、前とは違うでしょう?
「学校の子達は、ただのクラスメイトだよ。友達なんかじゃない。」
彼はきっぱりと言い切った。
「Norikoは旅人だもの。ただ僕を通り過ぎていくだけだよ。」
そして彼は言葉を続けた。
「僕は気にならないよ。友達は去っていくものだから。」
若干19歳(もうすぐ20歳)でそんな諦めを抱いてしまっていることが、私をすごく切ない気持ちにさせた。彼はひざに顔をうずめて泣いていた。おーし、これからもずっと友達でいたろうじゃないか。他の人とは違うってことを思い知らせてやるー。そのとき、私は心に誓った。
別の日に、ハンサムな香港ボーイ、ピーター。そしてその彼女(ミス香港第2位かわいい)のキャット、アイバン、私、というメンバーでアイバンのフラットに集まって、まったりと飲んでいるときだった。やはりピーターも家族の都合で8年前にニュージーランドへ移民してきた人で、話題はなんとなくピーターの移民経験の話になっていった。彼がNZに移民したとき、彼は16歳、妹は14歳。都合で両親よりも先にNZでの生活を始めることになった彼らは、当時この土地では数少ないアジア人として珍しい存在となった。高校ではピーターが唯一の中国人。アジア人を珍しがる同級生からの嫌がらせ、わからない英語での生活、授業。妹も同じく嫌がらせに合い、時には顔にパイを投げつけられることもあったとか。
そんな彼もドライに言い放った。
「もう友達なんかには期待していないよ。いくら仲良くなったって、距離が開いてしまえばただの知り合いさ。」
そして、アイバンがこう加えた。
「Norikoにはこの気持ちはわからないよ。だってNorikoは旅人だもの。」
旅人は孤独なのだなぁ、とやるせなく感じた一瞬だった。そういえば、ムーミンに出てくるスナフキンは孤独を好んでいたっけ。彼らと私の間に、どうしても超えられない一線を感じてしまった。それでも、私は決して友達であることを諦めないでいこうと再び心に誓った。いつか彼らも私のことを本当の友達として認めてくれる日が来るに違いないもの。
そして、昨日。
出先でちょっと哀しいことがあって、笑えなくなってしまった。このままお家に帰れば、いつもと違う私を見て、ホストファミリーがひどく心配するに違いない。こんな暗い顔してお家には帰れないな。バックミラーに自分の顔を写す。作り笑いも出来ないや。どこかで時間をつぶして帰ろう。とは言うものの、ここはニュージーランドのWhangarei。夜の8時過ぎにそんな気の利いた場所があるはずがない。どこかで駐車していたら、それはそれで危険でもある。頭の中で日本人フラットが頭を過る。あそこへは行きたくないな。彼らにこんな顔を見られたくなかった。車を道の脇に停車して、なんとなくぼんやりとしていると、突然スコールのような雨が降ってきた。そういえば、以前にアイバンが言っていたっけ。
「日本のドラマは哀しいシーンになると、絶対に雨が降るんだよね。それで哀しい音楽が流れるんだ。」
まさに今がそんな感じじゃない?雨とステレオから流れるJewelの切ない歌声。
そうだ。アイバンの家に行こう。もしかしたら、もう寝ちゃってるかもしれないし、もしかしたらピーター達が遊びに来ているかもしれない。すぐにスタンドに車を停めて公衆電話から彼の携帯電話に電話をする。
「あー、Noriko!どうしたのー?」
今どこにいるの?ときくと「ピーターの家でエッセイを書くのを手伝ってもらってるんだ。」とのこと。予想と違った展開に、言葉を失ってしまった。そうかー、ピーターの家かぁー。じゃあどうしようかなぁー...。
たぶん、私はいつもと違っていたのかもしれない。アイバンの声色がちょっと変わった。
「何かあったの?今どこにいるの?え、スタンド?どこのスタンド?何があったの?ピーター!Norikoがへんだ。Noriko?これからすぐにそっちに行くから、そこで待ってるんだよ。車の中で待ってるんだよ。OK?」
いいよ、いいよと断る私の言葉を無視して、電話を切ってしまった。彼らに迷惑をかけるつもりはなかったのに。しばらくすると、ピーターの車のマフラーの音が聞こえた。キーッ。車が私の真横に停まる。同時に3人のアジア人が飛び出てきた。「Noriko?どうしたの?」と私の車のドアを開ける。スタンドのおばさんがすっ飛んで来て、「こんなところに車を停めないでよ!」と文句を言いに来る。「すぐどけるよ」とピーターが言うと、おばさんは事情を察したのか、軽く頷いて立ち去った。アイバンがしゃがんで「どうしたの?」と聞いてくる。キャットが心配そうに私の顔を覗き込む。別に大したことじゃないんだ。ただちょっと、誰かと話がしたかっただけ。ごめん。こんなふうに大事にするつもりじゃなかったんだ。ごめん。ほんと、大したことじゃないんだ。ごめん。
ごめんと繰り返す私に、
「ごめんって言うな!」
とアイバンが言う。「とにかく僕のフラットに行こう。」ああ、そんなにしてくれなくったってよかったのに。みんなの邪魔なんかしてまで、慰めてもらうようなことじゃないんだよ。ホント、自分でなんとかしなくちゃいけなかったんだよ。ただ、もしかしてみんなが暇だったのだったら、一緒にいさせてもらおうと思ったんだよ。本当に申しわけなくて、いいわけを繰り返す私に、
「気にしなくたっていいんだよ。僕達は友達だろ?助け合わなくちゃ!」
そんなことを言ってくれちゃったら、思わずホロリと来てしまうじゃないか。ピーターが言う。
「そうだよ。僕達は家族みたいなもんだろ?さっきだって、ちょうどNorikoに電話しようとしていたところにNorikoから電話がかかってきたんだ。」
FriendとかFamilyとか、そんな単語攻めに涙を我慢しすぎて頭痛までしてきてしまった。フラットで、アイバンが熱い中国茶を出してくれた。みんなが私の言葉を待ってる。「大したことじゃなかったんだよ。ごめんね。」そういう私に、ごめんって言うな、何があったんだ、とアイバンが腹を立てる。そんなアイバンをピーターが制して、何も聞くなという合図をする。
みんなで熱い中国茶を飲みながら、ピーターが静かに言う。「時々、落ち込むことってあるよね。みんなそうだよ。でも、そんなとき友達が励ますものだろ?俺らは友達だろ?だからNorikoは謝らなくてもいいんだ。」
再び激しい雨が降り始めた。しばらく楽しくお喋りをしたあと、気分も最悪の状態から抜け出したし、そろそろお家に帰ることにした。
「運転、気をつけろよ。」
ピーターが右手を軽く挙げる。そして、私達はフラットの駐車場で別れた。それから私は切ないJewe声を再び聴きながら、家路についた。雨で濡れた牧場の間の道を運転しながら、しばらくもの思いにふけってしまった。
Whangareiでの生活、約2ヶ月。こんな絆にようやく気がついた夜だった。
(つづく) |