May

5月
1日  9日  18日 21日
 
 
21日オリエンタルテイストへの挑戦
 
日本食を出す小粋なCafeで働き始めて数日が経った。
メニューのほとんどは、庶民的な味で"照り焼きチキン"とか"カツ丼"とか"親子丼"、"寿司"などがメニューに名を連ねている。訪れるお客さんはほとんどが地元の人。日本人は学生が多いので、このようなカフェでお金を使うことはないのだ。
このような歳になって、今更サービス業なんか出来るかよ、と思っていたが、やってみると意外に面白い。地元の人は日本食などに触れたことがないような人も多く、自分が注文した料理がどんなものなのか検討もつかない、という客もいる。Whangareiで初めての日本食カフェ。繁盛しないわけがなく、毎日店は忙しい。そんな中で、私はいろんなことを発見した。

まず、天つゆ。彼らは天つゆを飲んでしまうのだ。そば汁もうどん汁も、とにかく飲んでしまうのだ。そば汁やうどん汁は許そう。私は飲まないが、日本人(特に男性)はそば汁もうどん汁もすっかり飲むものだ。しかも汗をかきながら。どんぶりを両手にがっしりと持ち、さも急がんとばかりに喉を鳴らして汁を飲み干すのだ。これが日本の汁の伝統的な飲み方というものだ。まぁいい。問題は天つゆだ。最初、私は彼らはそれほど日本食についての知識がないとは思わなかった。だから、天つゆがすっかりなくなっているのを見てもさほど不思議には思わなかった。ところが。私は見てしまったのだ。彼らが天つゆを飲み干しているところを。いや、飲み干すという言葉はふさわしくない。正しくは、飲みきった、だろうか。彼らはスープ用のスプーンで、天つゆをすっかり飲みきったのだった。しかも、天ぷらが来る前に。それ以来、私は"Source"という単語を強調して言うようにした。彼らは理解してくれた。しかし、私がSourceと強調し始めた頃から、今度は天つゆをご飯にかけてしまう人が続出した。なぜだ、なぜなんだ。ホストマザーのリンダによると、「たぶん、ソースってピザとかパンにつけるってイメージがあるから、ソースって聞くだけで、本能的にご飯にかけちゃうんじゃないかしら?」 ま、まじかよーーーーーっ。そう言えば、ときどき「寿司用のしょうゆです」といって出したしょうゆをご飯にかけてしまうお客もいた。そるとなにか?"Soysource"のsourceって単語に反応しているのか?まてよー、いくらなんでもしょうゆくらいは知ってようよー。

味噌汁への感覚も面白い。味噌汁といえば、ご飯と一緒に出てくるのが当たり前だ。しかし、彼らは違った。彼らは、前菜とメインの間に味噌汁を持って来いと要求するのだ。更に、「スプーンをよこせ」と言ってくる。味噌汁は箸で飲むんだよーーー、バカーーー。正しい日本の文化を伝えなければならない使命感に駆られた私は、こう言った。

「日本では味噌汁は箸で飲むんですよ。」

すると彼らはこう言った。

「スープをどうやって箸で飲むんだよ(ケケケ)。」

カチーン!
私の中で何かが鳴った。ケケケとは笑っていなかったが、明らかに東洋の美をバカにした笑い。許せん。この大和撫子様がこいつらをぶった切ったるっ!!!

箸でチュウチュウ吸うんですよ。

すると、彼らはAmazing!!とばかりに目を丸くした。How?などと聞かれる前に、即座に私は言った。

「冗談です。」

一瞬にして、テーブルは明るくなり、笑いに包まれた。そして、彼らはお椀に口をつけて飲むだの、箸を合わせたときのくぼみで地道に飲むだの、勝手に推測してその場が盛り上がるのだ。ああ、神様。私は小心者です。ウソを突き通せませんでした。

また、別の日に、レジに飾ってある小さな招き猫を見て、「まぁかわいい!」と叫んだお客がいた。私はすかさずその女性に近寄り、耳元で「これは"まねき猫"といって、福を呼ぶと信じられている特別な猫なのです。」とささやいた。彼女はちょっと驚いてふりかえり、「なんですって?」と聞き返してきた。私はもう一度説明した。私的には「なるほどー」くらいの反応を期待していたのだが、彼女は真剣だった。「それで、本当にお客さんはたくさん来ている?」とか「本当に福を呼んでる?」とか恐いくらいに顔を近づけてたずねるのだ。

彼女の身の上に何があったかは知らないが、彼女は今、福に渇望しているようであった。私はこう答えた。

「それはもう。東洋のおまじないというものは、恐いくらいに当たるものです。」

彼女は神妙な顔をして、招き猫をレジに置きなおした。いつか、彼女はきっと招き猫を手に入れるだろう。そして、幸福も手に入れるであろう。来てよかった、この猫に出会えて、彼女はそう思っていることだろう。ああ、神様。私はとてもいいことをした気分です。

店では、馴染み客が出来つつある。
若い男性は現れることはないが、ハゲのバツイチとか、太った中年とか、ぼんくらなサラリーマンとか...とにかく、とりあえず独身男性の訪問が多い。嬉しいのかどうかは、よくわからない。

(つづく) 

18日あの人とハイキング
 

彼の噎せ返るような匂いが私の服に移るのではないかと心配だった。私は彼の運転する助手席に座っていた。窓を少し開ける。ああ、神様、私は今、息が出来ません

私とNickはWhangareiのダウンタウンから車で数十分の小高い山までハイキングに行く途中だった。ハイキングはNickが定期的に行っているエクササイズの一つで、山岳部に在籍していた話をしたら、「じゃあ、明日行こう」という話になってしまったのであった。まぁ、いい。ニュージーランドに来て、一個も山に登りませんでしたなんて、山岳部の皆さん会った時、言えないからな。

「今朝、タバコを吸ってきただろう。ミホ?

いいや。吸ってないよ。持ってもいないよ。しかも、私はミホじゃないよ。

「あー、たぶんボクの匂いだ。ボクは君の匂いかと思ったよ。」

匂うのはお前だろーーーーーー!!!!!しかもタバコの匂いじゃないだろーーーーーー!!!!!

Nickはいつものように、毛糸のボンボリのついた帽子を被り、首には緑と赤と黄色のチェックのマフラーを身につけていた。そのマフラーから、強烈な匂いがしてくるのは、気のせいなんかじゃなかった。今日は30年前から着ているという黒のシャツにスリットの入った単パン(ブルーのブリーフが丸見え)、足元は黒のゴム長靴という出で立ち。

先ほどから彼は、私に丁寧に車の運転の仕方を教えてくれていた。それはそうだ。彼は日本で言う、自動車教習所の先生なのだ。ちなみに、私は既に運転免許は持っているし、運転もしている。

「ドアは静かに閉めなくちゃいけないよ。不必要に車がダメージを受けるからね。それからドアのロックはしないこと。もしも事故に遭って鍵のところが壊れちゃって、開けられなくならないように。ブレーキは静かに踏むんだ。ガンと踏めばそれだけ車もダメージを受ける。」

うん?急ブレーキは後続車に対してキケンなんじゃないの?

「君はよく知ってるね。そのとおり。君は正しいよ。それから、クラクションを鳴らすときは、こんなふうに鳴らしちゃだめだ。」

(ブーーーーーー!!)

「いいかい?これは失礼にあたるし、不必要に人の気分を害するから良くない。軽く、本当に軽く鳴らすのが一番スマートなんだよ。こんなふうにね。」

(プッ!)いいかい?こんなふうだ。(プッ!)これなら失礼にならない(プッ!)(プッ!)(プッ!)軽く押すだけで(プッ!)いいんだよ(プッ!)(プッ!)(プッ!)

何度も鳴らせば失礼だろーーーーーーー!!!!!

「よーし。ここのショップで濃いミルクを買うよ。僕はいつもここに立ち寄るんだ。毎回だよ。」

Nickが小さな商店の駐車場で車を停めた。商店はとても静かだった。Nickは濃いミルクを片手に延々と喋りつづけた。商店のオーナーはメガネをかけたり外したりして、それとなく「もういいよ。帰ってくれよ。」というサインを送っている。私もあんまり遅い出発になると、下山の時までに日が暮れてしまうのでないかと心配になった。

「Nick、私達、もう行かなくちゃ。」

オーナーはやっと開放されたと言わんばかりに腰を反らせて、「じゃあまたね」と言った。Nickは店を出るときもずっと話を続けていた。山へ到着するころには、私は「おーけー」しか言わなくなってしまっていた。だって、何か言う隙を与えてくれないんだもの!

山はとても静かだった。Nickを除いて
聞いたことのない鳥の鳴き声、七色の美しい鳥、大きなカウリの木、湿った土の匂い、そして、Nickの臭い。おいおいおいおい。山の匂いがNickの臭いにかき消されているよ。たまんねーな。Nickは相変わらず喋りつづけいていた。喋るので息が出来なくて、登りながら息も絶え絶えになっている。だいじょうぶ?Nick?

「ボクは大丈夫だよ、ミホ。

のーりーこーーー。何度言ったらわかるんだ、このオヤジは。そのうちNickが、「ボクの前を歩きたい?」というので、喜んで前を歩くことにした。ああ、新鮮な空気。私は鼻の穴を広げて、思いきり山の匂いをかいだ。なんのためらいもなく呼吸ができるということを神様に感謝した。

途中で、朽木が倒れている景色に遭遇した。なんて美しい。緑の陰に横たわる巨大な朽木のその幹は、うねるように入り組んでいた。あまりの美しさに私はカメラのシャッターを切った。すると、背後から「あああああああ!!!」というNickの叫び声が聞こえた。

「ボクがシャッターを切るよ。君はあの幹の前に立ってくれ。え?もう撮っちゃったの?なんでーーー?次は必ず撮ってあげるよ。そのほうがいい。景色だけ撮るなんて、フィルムの無駄だよ。フィルムを買ったんだったら、その中の全部に自分が入っていなくちゃ。」

いいや。私は自分の顔が嫌いだから、写真なんかに撮られちゃまずいんだよ。それを見た人がショック死するかもしれないでしょう?

「それはボクだよ。誰もボクを欲しがらないのは、ボクが醜いからなんだよ。」

実際、Nickはそれほど悪い見てくれではない。54歳とは思えない若さだし、毛糸の帽子も単パンも、それなりにセンスがある、と私は思っている。

その後、Nickは黙ってしまった。私達はしばらく黙々と歩いていた。汗ばんだ肌に、風が気持ちいい。突然、"Shit!(クソ!)"とNickが叫んだ。なんだなんだ?木で引っかき傷でも作っちゃったの?

「ボクはあの店で、長いこと話してたよね?」

うん。ずいぶん長いこと話してたと思うよ。

「くそ!たぶん、お店の人は早く帰ってくれって思ってたよね?」

さぁねぇ。そう思ってたかもね。

「くそ!俺はバカだ。バカみたいに見えただろう?まったく馬鹿げてる。俺はバカだ。」

そうでもないよ。私はそうは思わないよ。

しばらく背後から、Nickの「くそ!」という台詞が聞こえていた。かなり後悔しているらしい

そして、ついに頂上まで到達することが出来た。途中、小休憩を入れて約一時間。私達は家から持ってきたオレンジに齧りついた。思っていたより喉が乾いていたみたい。オレンジの果汁が喉を潤す。ああ、美味しい。ハッと気がつくと、私のTシャツがオレンジの汁だらけになっていた。手も糖分でべとべとしている。うわー、またシャツに染みを作ってしまった。この間、ホストマザーに「のりこには涎掛けが必要ね。」と言われたばかりだというのにーーー。Nickはそれを見て、"That's alright."と人事のように言い放った。まぁ、たかがオレンジの汁だしね。いっか。

頂上からの景色は、「これぞニュージーランド!」と叫びたくなるような景色だった。明るい緑色の隆起した大地、小さな町、点のように見える牛の群れ。海の向こうには、青空に秋雲が浮かんでいた。もう、少しだけ日が傾き始めていた。淡い青空はすっかり秋の色で、小さな頃、母の機嫌を損ねる前に帰ろうと寺の鐘を聞きながら、ほとんど泣きそうになって家路を走った記憶が、頭をかすめた。地球のどこへ行っても、結局空は一つだねぇ、とつくづく感じた。

「そろそろ車に戻って、お茶を飲もう。」

とNickが言った。そうだ、暗くなる前に帰らなくちゃ。日が落ちるのは早いからね。
私達は半ば走るように下山した。そんな中でも、もちろんNickは喋りっぱなしだ。別れた奥さんのこと、弁護士のこと、近所に住むポリネシアンの女性のこと、以前好きだった女の子のこと、Nickのフラットに住んでいた悪い子達のこと。もー、トピックは瞬く間に変わっていくので、返事をしようと思ったときには、既にNickは他のことを考えているとう有様だった。そんな彼がいきなり、

おしっこしたい。

と立ち止まった。おいおい、54歳のおやじの台詞かよ。まぁいいけど。

「女の人はこんなふうにおしっこをするだろう?(といって、しゃがんで見せる) もしもおしっこがしたいなら、君もしていいよ、そのへんで。絶対に見ないから。

うそだね。絶対に見るくせに。
私は彼の立ちション姿などに興味はないので、とっとと先に下山することにした。背後からNickの声が聞こえる。

おしっこしなくちゃいけないよ!!

その声を無視しつつ、Nickが心配しない程度まで下りつづける。
しばらくすると、Nickが大急ぎで下ってきた。大きな岩で腰をかけて彼を待っていた私を見て、彼は嬉しそうに「待っててくれたの?」と言った。

下界に到着すると、既に日が暮れていた。薄暗い空に、針のように細い月とそのそばに明るい星が一つ、煌煌と輝いていた。きれいだなぁ。

Nickの注いでくれた紅茶は、薄暗い空間で湯気がたっていた。私はNickのとりとめもない話を聞きながら、紅茶をすすり、自分の手の臭いが既にNickの臭いになっていることに気がついた。すごい、触ってもいないのに、どうして肌に臭いがつくんだろう。

帰りの車の中で、窓を開けようとする私に、Nickは容赦なく「寒いからダメ。風邪をひいてしまうよ。」と言い放った。私は出来るだけ浅く呼吸をしながら、帰りの車の中を堪えた。

車の窓から、針のように細い月を見上げると、月があざけるように車をおいかけてくるのが見えた。

<余談>
しかしながら、Nickはその日、シャワーを浴びていた
今まで固まっていた髪の毛は、だまになっていなかったし、トイレに行った時にシャワールームが濡れているのが見えたから、彼はシャワーを浴びていたのだ。しかし、あの臭い。あれは一体、なんの臭いなんだろう???

(つづく) 

9日  cobuさんと会う
 


先日、ついにNZワーキングホリデーのサイトで有名なcobuさんとオークランドで会ってしまった。

cobuさんというのは、どうやら落語家のこぶ平に似ているからという理由でついたハンドル名らしい。オフの前日に念の為電話をかけたときのこと。「Hello」という女性らしき声。あ、もしかしてホストファミリーの人とか出ちゃったのかな。困ったな。英語話さなくちゃ、などということが瞬時に頭をぐるぐると回り、気がついたときには英語を話していた。(← 大した英語じゃない)すると、「あーっ、俺です、俺。どーもー。」と明るい日本語が返ってきた。なんだ、本人だったのか。高い声だから女の人かと思っちゃったよ。でも、話しているうちに男性の声かもしれないという感じがだんだんしてきた。しばらく話した後、翌日は11:30に噴水の前で待ち合わせということを確認して電話を切った。

翌日、ちょっと余裕をみて噴水付近まで車でたどり着く。あと20分ほど時間があるので、周囲に安全そうな駐車場がどれくらいあるかをチェックする。結局、前から知っているところに入れてしまう。日曜日だから駐車料金も安いし、空いている。

時間ぴったりに私は噴水の前に行った。
でも、cobuさんは30分遅れてきた。
私は人を待つことがまったく苦痛でないので、いつもなら相手が来るまでいつまでも待ってしまう。今回なんて、cobuさんが来る前に車のエンジンの修理をするって聞いてたから、絶対に遅れてくるとふんでいたので尚更だった。でも、たぶんだけど、cobuさんは人がいいので、遅れたことをひどく詫びるタイプかもしれない。私がいつまでもいつまでも待ってしまったら、もしかしたら本人はすごーく申し訳ないと思うかもしれない。そう思ってしまう前に、こちらから電話でもしておいたほうがいいかもしれないな。相手のストレスも軽減することだろう。

公衆電話の前に立つ。隣にアジア人(たぶん日本人じゃない)が電話でなんか話していた。私が想像していたふづきさんと顔が同じだったので、ちょっと笑ってしまった。あんた、ひょっとしてふづきさんなんじゃないの?「すみません。クライストチャーチに戻ることにしたので、オフには参加できません。」とか言っておきながら、陰からこっそり様子をうかがっていたりしてるんじゃないのーーー???んなわけねーだろー!!!とか一人ボケ一人つっこみなどを心の中でしながら、電話をかける。ピー。テレホンカードが返ってきてしまう。どうやらカードのチャージが終わってしまっていたらしい。おいおいおい、どこでカードを買えばいいんだよ。前はガソリンスタンドで買ったんだよ。オークランドの街中なんかじゃどこで買ったらいいのかわからないよ。スターバックスとかじゃ絶対に売ってないだろうしさ。

仕方がないので、ホットドッグ屋さんのおばさんに聞くことにした。

「すみません。テレホンカードはどこで買ったらいいんでしょうか。」

ここです。

あっさり問題は解決してしまった。5ドルと10ドルと20ドルとあるけど、どれがいい?って聞かれて、20ドルのやつくださいって言ったら、

「日本にかけるの?」

って....20ドルで日本にかけられるかーーーーー!!!「ええ、そうなんです」って答えればギャグになったけど、私はそうはしなかった。しかし、なんで私が日本人だってわかるんだろう?日本にいるときは、「ノリチャン、フィリピンパブデハタラケルヨー。サラリー イイヨ。ワタシトイッショ ハタラク?」などとよくフィリピンパブのアグネスに言われたものだけど、NZでは必ず日本人?って聞かれる。そんなもんかなぁ?

テレホンカードを手に入れた私はさっそくcobuさんの携帯電話にかけてみる。

「すみませーん。今そっちに向かってる最中なんでもうすぐ着きます。さっきまで修理してたんですよー。」

そうだと思ったよ。きっとそのうち来るだろうってね。
黄色ミニクーパーが来たら、その車に乗りこめっ!ということだったので、目を皿にして車を探す。

あー、目が疲れた。NZの日差しは目に刺さるので、目を皿にすると辛い。
とかなんとかしているうちに、cobuさんとおぼしき人がミニクーパーの中で手を振っている。
......まじでこぶ平に似てる........
修理を施したミニのエンジンは好調のようだった。cobuさんはご機嫌で、ブンブンいわせながら軽快にミニを転がす。

いろいろとお話をして、ご飯を食べて、買い物にお付き合いして、その帰りにお茶をしようということになって、建物から出ようとしたときだった。

「よー!」

cobuさんが見知らぬ女性に声をかけた。女性が「あらー、何してんのー?」と振り返った。

ビビビ。美人発見。

ここにしおさんがいたら、喋くりたおして、キャラ決め付けて、笑いを取っていたかもしれない。でも、私はしおさんじゃない。いくらキャラがかぶるとか言われても。しおさんの部下である、ODKという人物がこの場にいたとしたら、きっと合コンを申し込んでいたであろう。しかし、私はODKじゃない。それに合コンを申し込んでも何も得することはない。彼女は背の高い人で、本当に美人だった。私は美人にはちょっとうるさい。なぜなら私の友達はほとんどが美人だからだ。そして、今までの経験から、美人に悪い人はいないということを学んでいた。

3人でお茶をすることになった。
お茶をしながら、英語の勉強方法について語った。

余談だが、私見を言わせてもらえば、ワーホリや留学でこちらに来る前にぜひ英会話の勉強をすることをお勧めする。こちらに来て、なんとかなるだとうなどと期待はせずに、必要最低限の会話が出来るくらいの勉強はしておいて無駄にはならない。少しでも会話が出来れば、ホストファミリーとの関係もより親密になるだろうし、得られる経験もより深いものになる。話が通じなくても、なんとかなる人もいる。でも、なんとかなっているだけであって、決してコミュニケーションが充実しているわけではない

だんだん日が傾き始めてきた。私はこれからWhangareiまで運転しなくてはならないので、そろそろ帰ることにした。cobuさんの車で私の車が停めてある駐車場まで行こうということになった。そしたら、まだ明るいうちに高速に乗れるかな、などと考えていた私は甘かった。

cobuさんがエンジンキーを回した。
車はウンともスンとも言わなかった。
終わっていた。

「あれーーーー!!!さっきまで元気だったのにーーー!!!」

cobuさんが悲鳴を上げる。あるある。そういうことってあるよね。cobuさんがAAを呼んで来るといって駐車場を去った。一難去ってまた一難。cobuさんの車はたいへんだなぁ。AAを待っている間に、日は完全に落ちてしまった。うーん。私の車を停めた駐車場、何時までだったかなぁ?「私の家に泊まれば?」と、彼女が言ってくれる。ありがとう。駐車場がやってなかったらそうすることにするよ。でも、たぶん大丈夫だよ。

何分くらい待っただろうか。AAのおじさんとcobuさんがやってきた。

ハロー!エヴリワン!!もう大丈夫だよ!!

と元気イッパイのおじさんが車をのぞき込む。おー、よろしく頼むよ、おじさん!!!
こちらまでなんだか元気が出てくる。別に元気がなくなっちゃってたわけじゃないんだけど。

cobuさんがキーをまわす。
ブルンブルン!!ミニのエンジンが元気よく動き始めた!!

「30分はエンジンを止めちゃダメだよ。」

とおじさんに言われる。我々は駐車場を後にすることにした。
ミニはさっきの静けさなど、微塵も見せない調子の良さで坂を上がっていく。
cobuさんはこの車を愛しているのだそうだ。
私は自分のプレリュードとの仲に行き詰まりを感じているところだったので、彼がうらやましかった。

私のプレリュード − ハニー二世 −。別に倦怠期を迎えているわけじゃあない。かといって、彼女に不満があるわけでもない。満足しているわけでもない。まだ愛していないうちに肉体関係を持ってしまったかのようなこの感情はなんだろう。最近、妙に昔の車が懐かしい。心から愛していたトヨタ ハイラックス サーフ。愛しのハニー 一世。今の車を昔のハニーのように愛するというのは無理だった。ハニー、ハニーがどんな顔になってもどんなわがままを言っても、私は彼女を愛していた。彼女を手放したことを、今更後悔したって始まらないけど、だからこそ、今度の車は大切にしてむやみに手放したりしないって決めていたのに。やっぱり、いつか別れるってことがわかってるから、愛せないんだろうか。所詮私は彼女にとって、人生の通過点でしかないし。

などと話がそれてしまったが、cobuさんが駐車場まで送ってくれて、私は無事に車までたどり着くことが出来た。
暗い駐車場にハニー二世を見つけたとき、ちょっとだけ彼女を愛しく感じた。
まだ時間はある。じっくり愛していこうじゃないか。ね。ハニー二世。
前のハニーと同じようにというのは無理だけど。

ということで、オークランドでのオフは終わった。
なんだかとりとめもない文になっちゃったなー。
最後まで読んでくれてどうもありがとう。次回はもっと面白くします。

(つづく) 

1日 塊(かたまり)
 

今夜は肉に飢えていた
よくわからないけど、ここ2日間ほど肉から離れていたら、肉が無性に食べたくなってしまった。肉だ、肉。脂の滴る、うまみ汁たっぷりのステーキが食べたいぞっ!!せっかくオークランドにいることだし、今夜は『地球の歩き方』にも載っている アンガス ステーキ ハウス(Angus Steak House) に行ってみることにしよう。

お店は半地下にあって、ステーキハウス独特の雰囲気をかもし出していた。木の床、暗い灯り、プーンとした肉の匂いが空腹感をかきたてる。まだ時間が早いせいか、人はあまり多くない。お店の人が軽く「予約してる?」って聞いてくる。してないよ、って答えたら、むしゃむしゃ音をたてて食べている男の人の隣のテーブルに案内された。メニューを見る。メニューはシンプルだ。前菜、メイン、デザートというカテゴリしかない。メインは好みのステーキ、サラダバーで約25ドル。テーブルに牛の絵で肉の部位を説明しているシートが置いてある。ここから好みの部位を選ぶのかな、と思ったら、お店の人に「あそこのカウンターに置いてある肉から好きなものを選びな。あそこにあるものは全部同じ値段だよ。それからサラダは自由に取って食べてくれ。肉は選んだら、焼き場に持って行って好みの焼き加減を注文してね。」と口早に言って、去ってしまった。ふむふむ。カウンターはこれか。いつもそうだけど、カウンターの位置が高い。肉を持ち上げるときに、腕が伸びきってしまう。くそー。いや、そんなことを愚痴っている場合じゃない。なんだこれは。これはステーキなのか?肉の塊じゃないか。氷の上にそれぞれの部位のステーキが並んでいる。フィレの塊、サーロインの塊、Tボーンステーキの塊、ラムチョップ、鶏肉の塊。どれを選んでも、塊。その中から私はあえて一番大きいTボーンステーキを選ばせてもらった。ステーキをつまみあげる。うーん、厚さ10cm、優に1kgはあると思われる。私は体が小さいわりにはたくさん食べるのだが、さすがに残すかもしれないな、とちょっと弱気になった。こんな塊、ステーキじゃない。

焼き場に行って、ミディアムウェルダンでお願いする。よく焼いてもらったほうが肉が小さくなると思ったのだ。しかし、これを全部食べきれたら、私は大食い女王としてNZに君臨することも夢ではないかもしれない。いやいや、そんなことを考えていないでサラダを盛ろう。サラダは『シズラー』と違って、そう種類はたくさんない。白くて細長い豆とか白くて丸い豆とか、紫色の豆とかライス系サラダとかキャベツのこっぱみじん切りとか、ビーツ等など。ビーツで思い出したけど、その前にビーツの説明を。ビーツとは日本ではあまりメジャーじゃない野菜で、外見はでかいラディッシュみたいな紫色の丸いものなんだけど、切っても強烈に紫色で、目の前に置かれるとどうしていいのかわからなくなる野菜である。NZでは既にスライスされた状態で缶詰となって売っている。缶詰のビーツは甘く味付けされていて、歯ごたえは生のじゃがいもスライスを水で浸してしゃくしゃく感を出そうとしたやつの失敗版という感じ。硬くはない、柔らかい。見た目を裏切る柔らかさだ。まぁ、いい。このビーツなのだが、かつてアメリカの友人宅に滞在していたとき、夕飯にビーツが出たことがあった。ここの家では缶詰やレトルトは使わない。アメリカの古き良き時代のスタイルを頑なに守っている家庭なのだ。そう、そしてその日、ビーツはただの塩茹で出てきた。私はそのビーツに更に塩と胡椒をかけて食べた。友人はあまりビーツが好きでないらしく、私は友人の残したビーツを取り上げて食べた。友人のお母さんは、のりこはよく食べる。もう一人息子が出来たみたいだと言って喜んでいた。

その翌日のことだった。その日はやけにお腹がグルグルする。お腹の中のビフィズス菌が総勢力をあげて大活躍という感じだ。お尻の穴からガスを出すのはもどかしい。お腹にチューブをぶっすりと突っ込んで、ビュービューと風のようにガスを出してしまいたい気分だ。「たぶんビーツのせいだよ。あれは繊維がたっぷりの野菜だから。」と友人に言われた。そうか、ビーツというのは"栄養"なんだな。健康万歳だ。などと思いながら、用を足しに行ったときだった。「ややや、なんだこれは!!」 (ちなみに、この時私は別に大きい方をしに行ったわけじゃない。水分を出しに行ったのだ。)トイレに見える黄色いはずの水分は、妙に美しいピンク色に染まっていた。まるでアンモニア水のようにきれいなピンク色。一瞬、私のガスが膀胱に達してしまって、体内の水分と調和してアンモニア水が出来あがってしまったのかと思ったが、そんなわけがあるはずない。友人に見せてやろうかと思ったが、それもえげつない。とりあえずその時は水に流して、友人に聞いてみることにした。

「ねぇ、もしも自分のおしっこがピンク色だったらどうする?

友人がギョッとした顔をしてこちらを向いた。その顔には「なんでお前、俺のおしっこの色を知っているんだ」と書いてあった。

...なんでそんなことを聞くんだい?

別に。

友人は、フーン、と言って黙ってしまった。しかし、私の質問が忘れられなかったのか、またその質問を蒸し返してきた。

「ノリコ、何かあったのかい?」

「おしっこがピンク色だったよ。」

え?僕の?

やっぱり。コイツの尿もピンク色だったのか。いや、私のだよ、と答えると、彼は心底安心したような表情を浮かべた。なんだ、俺だけじゃなかったんだ。コイツもそうだったんだ。という顔だ。そして、彼の推測は確信に変わったようだった。

「それはたぶん、ビーツのせいだよ。僕達、ビーツを食べただろう?

ビーツは恐ろしい野菜だ。ビーツの栄養が、口から入って最後に排泄されるまでの経緯がビーツの色素でわかってしまうのだから。

話はかなり飛んだけど、サラダバーにはビーツがあった。私はビーツは2切れほどしか取らなかった。
そうこうしているうちに、ステーキが焼きあがって運ばれてきた。分厚いせいか、ずいぶんと時間がかかった。ジュウジュウと音をたてた鉄板が目の前に置かれる。ステーキは、よく焼かれたとしてもやっぱり巨大だった。

まず肉を骨から切り分ける作業に取りかかった。サクサクと肉が切れる。肉質は十分に柔らかく、ジューシーだ。一切れ、口に運ぶ。どこかのレストランで出てくるようなゴムのような歯ごたえではない。噛むとジュッと肉汁が出てくる美味しいステーキ。でも、味がない。ガーリックソルトがかかっているのはかかっているのだけど、味がない。テーブルにある塩と胡椒をかけて、パンについていたバターもステーキの上にのせる。うん、ずいぶん美味しくなった。和牛と違って、ソフトでサクサクとした歯ごたえというわけではなく、ガツガツ、ゴックンというボリューム感のある歯ごたえ。匂いは和牛と違って上品なビーフの匂いというよりは、これが肉だという存在感のある匂い。

美味とか旨味とかそういうことを追求するよりも、満腹中枢を十分に刺激するボリュームだけが印象に残る店だな、と思った。でも、美味しかったよ。もう一度行ってもいいな。

私は、わずかあと3口というところまで食べて、ギブアップ。
この次は必ず完食してやるぜ!!
 
(つづく)

 
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