エセジャーナリストになるの巻(前編)



 
両親がNZへ遊びに来た際、父の知り合いから『ニュージーランドフレンドシップ協会』の理事の方を紹介された。この協会は、定期的に会報を発行していて、現地から生の情報を発進している。

文筆業を目指しています。と言ったのがきっかけで、ニュージーランドの新進のジャズピアニスト(マーク・クライブロウ)を取材してくれ、という依頼があった。やるよやるよー、やらせてくれよーーー。という感じで引きうけさせてもらった。取材をするにあたって、事前に彼についての記事に目を通しておく。どうやら、ジャズの世界では革新的な存在のようだ。

実は、このジャズピアニストというのが、協会の理事の方の末息子。日本での公演に備えて、事前に彼の情報を流しておく、というのが今回の目的であった。取材をする対象のご両親がバックにいるので、私も安心だ。

インタビュー前日には、彼の出演する小さなコンサートがあるというので、さっそく見に行った。そして、その夜は理事の方のお家にお泊りすることになっていた。忘れ物の確認も怠らず、荷物をまとめて、一路、オークランドへ。

オークランドではローズガーデンで待ち合わせをしていた。少し早めに着いてしまったので、そのへんを散策する。もう冬だというのに、まだバラの花がついているではないか。お天気もばっちりの昼下がり。うーん、気分いいなぁ。一面のバラの苗。花はぼちぼちしかついていないけれど、一つ一つは美しい。夏はさぞかし見ごたえがあることだろう。季節はずれのローズガーデンは、人がまばらで、とても静か。小春日和、雲一つない淡い色の空とこの静けさは、なぜか日本のお正月を連想させる。

待ち合わせの時間に、トシ子さんとそのお友達が現れた。
ジャズピアニストのマークさんは、彼女の息子さんである。トシ子さんのご主人のロビンさんは、日本語が達者なニュージーランド人。以前お見かけした際、"なかなかの頑固じじぃ"という印象を受けた。ひじょうに興味がある。しかし、忙しい方らしく、今回のコンサートには顔を出さなかった。まぁ、後で泊まりに行くからいずれは会えるんだけどさ。

ジャズのコンサートは素晴らしかった。ステージには、ベースとドラムとサックス、そしてピアノ。互いに目配せをしながら、即興のジャズを演奏する。ステージで、リーダーの人が「えー、只今の曲は...只今の曲でした。」などと言っている。つまり、タイトルなんかないのである。いいじゃん、これ!実際、ジャズについて何も知らない私でも、すごく満足させてくれる内容だった。ジャズっていいねぇ。私もこれからはもっとジャズを聞こうかな。もちっと気取った音楽かと思ってたけど、気さくでいいもんだねぇ。そういえば、会社にいた頃、同期の子(OKI嬢)でジャズソングを習っていた子がいたんだ。その子の発表会にも一度行ったけど、あれもよかったなぁ。

コンサートが終わり、私達はトシ子さんのお家に帰ることにした。お昼ご飯を食べ損ねたので、お腹が減ってくらくらする。お家に到着すると、ロビンさんが出てきた。「こんにちわー。お元気ですか?」と流暢な日本語で話しかけてくる。「はい」と答えると、「よし。」という返事が返ってきた。英語でいう"Good!"というところなんだろうか。どうやら、今夜の夕食はロビンさんが作ってくれているようであった。何が出てくるか楽しみ...。

「ここがゲストルームです。」

と通された部屋はゴージャス!!この家全体がそもそもゴージャスなんだけど、刺し子縫いのベッドカバーや美しい和風の壁掛け...うまい具合に洋風と和風を調和させている。そして、足元を見る。ややや!電話のジャックを発見!!!至れり尽くせりの部屋に泊まれる上に、「お風呂もありますから...」 なにーーー!?風呂もあるのかーーー!!!グッドです、と思わず親指を挙げたくなる衝動を抑えつつ、「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をする。

実は、今回の訪問に対して、父からメールで「お行儀良くするように」という指令を受けていた。お父さん。私も、もういい歳なのにも関わらず、お行儀良くしなさいと注意したくなるような娘に育ってごめんなさい

夕食前に、マークさんの出したCDを数枚聞きながら、今日のコンサートについて短く感想をまとめる。そうこうしている間に、トシ子さんのお姉さんのイワシマさんがご夫妻で現れた。夕飯の前にワインなどを飲みながら、談話をする。おつまみに、と出された小皿を見て私は驚いた。スルメだっ!!!ここ、ニュージーランドでスルメと対面できるとは思わなかった。スルメ、スルメだよー。スルメを噛みしめ、目頭が熱くなる。もう一つのおつまみは、ひまわりの種だった。それは塩と粗挽きコショウで煎ってあって、非常に美味しかった。しかも、とても栄養という気がする。なんていったって、栄養はかっこいいからね。

談話中、ロビンさんはしきりと「僕が、僕が作ったんです。」と、これから出てくる今日の夕飯のすごさを語っていた。途中で席を立ち、キッチンに行って様子を見てきては、「おいしいですよ。僕が作ったんだから。」とくどいくらいに繰り返す。面白い人だ。しかし、あまりキッチンには慣れていないらしい。「トシ子、トシ子。」と度々助けを呼ぶ声が聞こえる。そして、ついに、「これ、熱い。やけどする。」と言って現れた。右手には穴の空いた鍋つかみが装着されている。トシ子さんが「あらやだ、それ裏返しに使うのよ」と、扱い方を説明する。キッチンにはお母さんしかわからないようなコツがそこらじゅうに存在しているものだ。

ロビンさんの自慢料理は、土鍋に入れられて出てきた。ふたをあける。幾種類ものハーブと白いソースで煮こまれた肉料理だ。「なんの肉か、当ててみて。」と、ロビンさんは挑戦的だ。イワシマご主人は、パシャパシャと記念写真に余念がない。一口食べてみる。鶏肉のような歯ごたえ。しかし、鶏肉の匂いがしない。鹿やいのししのような赤肉でもない。うーん、なんなんだろう?イワシマご主人が言った。

うさぎだ!

初めて食べた兎肉。実に柔らかくておいしい。しかも、このおかずにあわせて、つやつやした白いご飯まで登場した。ニュージーランドでこのように炊き上がったご飯はなかなか食べられない。おいしい...。再び目頭が熱くなる。父から言われた「お行儀良くするように」という注意を守らなければならなかった私は、指令どおり、お行儀良くおかわりをした。おいしいご飯を2杯。これは基本だ。カレーライスも2杯が基本、メンチカツがおかずでも2杯は基本。しかし、3杯飯まではさすがに仰け反られると思ったので、遠慮しておいた。しかし、

「よく食べますねぇ」

とロビンさんに言われてしまった。ええ、とてもおいしいご飯でしたから。いつもそう言われるんです。ええ、私はよく食べる女です。時々、友達からも気味悪がられます

気味が悪いで思い出したが、以前、社食で体育会系角刈りの男をよく見かけた。その男は、どのおかずの時でも必ず生卵をチョイスしていた。彼はそれをご飯にかけるのではなく、つるっと飲んでしまうのだ。噂によると、学生時代は卵の数がもっと多かったらしい。彼が学食でいつものように生卵をジョッキに割って飲もうとしたところを、隣に座っていた女子学生が慌てて逃げ出した、という逸話もある。そんな人だったので、私は社食でその人を見かけると、ついつい注目してしまっていた。そのせいだろうか、一度も話をしたことがないのに、電車の中で、「ども」と挨拶されてしまったことがある。

話を戻そう。食事のときの団欒は、私の両親を思い出させた。一人が喋る、また誰かが喋る。そしてまた誰かが喋る。食事をしている全員が、同時に違う話題で話し始めるのだ。そして、時折、イワシマご主人が思い出したように立ち上がり、写真を撮るのであった。この混乱は、中高年の人々特有のものなんだろうか。話の中に「戦前」とか「配給」とか「団塊」という単語を耳にする。突然、ロビンさんに、

「忘れ物はしなかったですか?歯ブラシは?」

はっ!!! は、歯ブラシ...忘れたよ。ああ、すみません。忘れました。でも、どうしてわかったんですか?

ふふふん、と勝ち誇ったような笑いを浮かべるロビンさん。「歯ブラシをあげましょう」と持ってきたのは、どこかのホテルの歯ブラシだった。でも、助かった。

食後には、4年ものという梅酒をいただいた。それがもう、むっちゃくちゃ美味しかった。甘いものが苦手な私だが、その梅酒はとても上品で、甘さを超える香りが素晴らしかった。

ロビンさんがお風呂に入ってくると席を立つ。どうしたの、いつもより早いわねぇ、とトシ子さんに言われながら去って行く。しばらくすると、浴衣姿のロビンさんが現れた。浴衣姿は...かわいかった

つづく

 


 
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