『星に願いを(6月1日日記より)』
今日はWhangareiに来たばかりのときのことを話そうかな。
Whangareiに来て数週間。学校にもなれて、お友達も出来たころのことだった。当
時、私はまだ自分の車を持っていなかった。夜遅くなる場合は、車を所有する友
達に送ってもらわねばならない。そろそろ友達の間では、のり子の家はとんでも
なく町から遠いところにあるという噂が流れ始めていた。
その夜、もうすぐ日本に帰ってしまうという女の子のフェアウェルパーティがあ
った。物静かな若者が(つまりノーと言えない)私を家まで送ってくれた。どう
もありがとう。今度なんかお礼するよ、と気のいいことを言って手を振った。彼
は静かに去って行った。車が見えなくなるまで(暗闇だからいつまでもテールラ
ンプが見える)見送ったあと、さー、家に入ろうと思いドアに向かった。
いつものガレージの内側にあるドアから家の中に入る。今日は予め遅くなると言
っておいたので、ガレージは閉まっている。つまり、正面玄関から入らなくては
ならない。リンダは私のために玄関の電気をつけておいてくれた。やれやれ、今
日はいろいろあったなぁ、などと思いながら、ドアを開けた。ぐっ。あれ、開か
ない。グッ、あれ、開かない。玄関のドアは押しても引いても開かない。鍵はか
かっていない。どうやら、このドアを開けるには万力が必要なようであった。か
弱い私の細腕では、とうてい開けることは出来ない。仮りに万力を込めて引っ張
ったとしても、その騒音で家族が起きてしまうかもしれない。私は手当たり次第
に窓を開けようと試みた。すべての鍵がかかっていた。マーク(真中の息子)の
車で仮眠しようかと思ったが、それも鍵がかかっている。裏ドアも鍵がかかって
いる。どうしょう...。誰にも迷惑かけたくないしなぁ。
ここの家族は皆働き者で、マイクも息子のマークもリンダも末息子のグラハムも
、みんな早起きだ。朝寝坊をしているのは私くらいだ。特に、マイクは3時半とか4
時などに起きる。外から家の中の柱時計を見る(私は時計を持っていない)。ご
前1時30分にさしかかろうとしているところだった。運が良ければ、2時間後にマ
イクが起きてくるかもしれない。そうと決まったら話は簡単。あと2時間、庭で時
間をつぶせばいいのだ。
最初、私は庭の草の上に寝転がろうと思った。しかし、夜露で庭はぐっしょり濡
れていた。晩夏とはいえ、夜は冷え込む。うっかり土の上で寝たりしたら、体温
を奪われてしまう。散歩...といっても、辺りは牧場ばかり。灯りがなくては、何
も見えはしない。いいや、見える満天の星空が。このあたりは灯りがないので、
ホントにたくさんの星が見えるのだ。空を見上げると、文字通り満天の星が輝い
ていた。天の川がくっきりと線を描いたように見える。本当に美しい夜空だった
。最近、目も悪くなってきたし、星を見て目を良くしよう、などと考えながら、
星空を堪能する。どれくらい星を眺めていただろうか、大きな流れ星を2回見るこ
とが出来た。
流れ星に願いを3回唱えると願いが叶う、とよく言うけれど、とっさの出来事に絶
対に願い事を3回唱えるなんてことは出来ないと思う。よく「金、金、金。」って
いう人がいるけれど、私はそれほどお金に興味もないし、あんまし欲しいとも思
わないから、それは正直いって私の願い事ではない。他に何かといえば...とても
流れ星が流れている間に3回も唱えられるような短いセンテンスが思い浮かばない
。冷静に考えてみれば、私には星に願うほど切実な願い事なんてないんじゃない
のか?まぁ、それは幸せなことだ。神様に感謝、周囲の人々に感謝、だな。など
考えているうちに、眠くなってしまった。大きな庭石の上に腰掛けて、仮眠する
。冷たい石がお尻を冷やす。
うーん、さむいよー。
どれくらい待っただろうか。
キッチンの灯りがポッとついた。マイクだーーー!!!マイクー!私だよ!
私!こっちに気がついてよー!!他の家族起こしてもいけないのであまり大きな
声を出せない。マイクはいったん、こちらを見た。しかし、また別のほうへ視線
を移してしまった。あああああ!マイク!せっかく来てくれたのに、それはない
よ〜。何を思ったのか、マイクは玄関の灯りを消してしまった。私は焦った。こ
のままマイクがまたベッドに戻っちゃったらどうしよう。!!その焦りが私に勇
気を与えた。
「マイク!マイク!こっち向いて!!」
マイクがこちらを見る。目を凝らす。瞬く間にマイクの顔色が変わった。玄関の
電気がつく。駆け下りてきたマイクがドアを開けてくれた。
「のりこ!?どれくらいここにいたの?」
うーん、2時間くらいかなぁ?今夜は星がきれいだったよ。
「寒かっただろう?ごめんよ、このドアは固くて開けるのにコツがいるんだ。ご
めんよ。」
何度も謝るマイク。いいんだよ。確かに寒かったけど、誰かが必ず起きてくると
思ってたから。2回流れ星を見たよ。きれいだったよ。
そういう私にマイクは呆れ顔だ。どうか、そんなに謝らないでよ、マイク。私は
もう寝るよ。仕事頑張ってね。
私はなんとなく、日本でよく飲んで終電に乗り遅れて、始発電車まで飲んで、皆
が出勤するころ帰って、親に見つからないようにこっそり家にもぐりこんで、1時
間30分ほど仮眠した後、シャワーを浴びて出勤する、という生活を思い出してい
た。
倒れこむようにベッドに沈む。ふー、ふかふかベッドだーーー。世界の果てまで
眠ってやるーーー。とはいうものの、朝から学校だ。はー、東京にいたときと、
なんら生活ぶりが変わってないじゃん。などと思いながら、泥のように眠りに沈
んで行った。
恐らくこの出来事は、このホストファミリーの伝説として残るであろう、と後に
マイクに言われた。
いやー、とんだ笑い話を作ってしまったものだよ。お恥ずかしい。
(つづく)
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