Shanghai Reports



第1日目
第2日目
第3日目
第4日目
最終日



第2日目

Maria「さぁ、朝よ!nonちゃーん、早く起きて!ラーラーラー♪」

ううう、まだ眠いよー。昨日はあれからカラオケボックスで遅くまで遊んだんじゃん。その後また飲んだし、まだ眠いよー。えーんえーん。

朝からテンションの高い先生は、私がベッドの中でまるで虫のようにもごもご動いている間に、シャワーも浴びて着替えも終了。準備万端という感じであった…。

本来ならば、弟子が先に起きて先にシャワーを浴びてきちんとするとか、まぁ、いろいろあるんだろうけど、私と先生の関係においては、そういった体育会系というかいわゆる日本的な上下関係はない。だって、先生、ガイジンなんだもーん。

本日のスケジュールは、なんでも上海から離れ紹興酒が作られる地、その名も紹興という街へツアーへ出かけるとのこと。あー、またぎっちぎっちのスケジュールかー…。ぞろぞろ並んで旗の後に続くって感じ?なんかスタイルじゃないんだよなー…。

ああ、先生、私は今日はツアーへは行かず、ひとりで上海の街をぶらぶらすることにします。先生はツアーへ参加するの?

Maria「んー…、わかんない!」

いいねぇ、そのテキトーなの。先生も、私がツアーに参加しないで勝手に行動するところが気に入ったようだ。つくづく、私達は気が合うねぇ、ラクチンだねぇ、と頷き合う。

リーンリーン

そこへ、一本の内線電話が。

O氏「ああ、昨夜一緒のテーブルでお食事したOです。あなた今日、ツアーに行くの?」

いいえ、行かないって今決めたところです。

O氏「そう、それはよかった。私も参加しないので、今日は私に付き合ってください。一緒にぶらぶら散策しましょう」

O氏というのは初老の紳士で、今は亡き奥様は、かつて海外で活躍していた歌手だったという。スラリとした長身で、品のある物腰に、育ちの良さが感じられた。昨日は大人しかったけれど、周囲に常に女性歌手がはべっているところから見ると、かなり名の知れた紳士のようだった。

私は「ではそうしましょう」と彼とロビーで落ち合う約束をし、電話を切った。間もなく、先生もツアーに参加しない気分になり、私達は3人で上海の街を散策することとなった。

ロビーへ降りてみると、今日ツアーへ参加しなかった面々がロビーに集合していた。その中で、チェック柄の分厚いスーツ仕立てのジャケットにスラックス、そして頭は野球帽、
足元は白い運動靴、という姿の初老の男性B氏が手を挙げてこういった。

「みんな今日はツアーへ行かないの?じゃあ、私達と一緒に行きましょう」

このB氏は、なぜか皆から「先生」と呼ばれていて、どうやらこのツアーでもリーダー的な存在のようだった。しかし、なんの先生なのかはわからない。私の先生に「あの方はなんでみんなに先生と呼ばれているの?」と聞いたら

Maria「B先生?あ、彼は先生なのよ。体の…」

という答えが返ってきた。
体の先生というのが、一体なんの先生を意味するのか意味不明だったが、やがてわかるだろうと思い、深くは追求しなかった。

さて、ツアー不参加組は、B先生に連れられて、上海の雑踏の中を案内されていく。メンバーは、全部で8人。途中、3人のミュージシャンが別の場所へ冒険しにいくと言って分かれていったので、5人に。B先生、紳士O氏、マリア、アルトサックス奏者のG氏、そして私だ。

B先生は中国のことなら任せて!とにかく上海と来たらこの僕に任せてよ!という勢いで私達をあちこちへと連れて行く。まずは市場。鹿の角とか冬虫夏草だったっけ?とかいういろんな漢方や中国の甘い洋菓子や様々な種類のお茶などが売られているにぎやかな店は、地方からやってきた中国観光客でごったがえしていた。日本人はあまり来ないようで、店員は皆日本語が話せない。もちろん、英語も通じない。頼りになるのはB先生の怪しいけれど、流暢な中国語だけだ。

マリア先生はそこでプロポリスを、そして私はそこで中国茶を購入。その後、所狭しと路面店が並ぶ商店街へと足を踏み入れた。まるでアメ横か屋外版の渋地下を思わせるこの商店街は、安い洋服、安い民芸品、おもちゃ、絵画等が売られ、その様はまさに混沌という表現がぴったりの場所であった。人をかき分けて歩いていると、額から汗がふき出してくる。暑い…。やはりここは上海なのだ…。

私はここで、蟻のアクセサリーと運命的な出会いを果たし、どんなにボラれたかわからないが、とにかくそれを手に入れた。後はぜんぶカナブンとかコガネムシばっかりだったので(丸くてダサい虫)たった一つだけ残っていたこの蟻のチャームはとても貴重と思われた。もしかしたら、私、これに導かれて中国へやってきたのかも。

こういった場所では怪しい呼び込みも多い。
歩いていると耳元で、

「トケイ、ビトン、トケイ、カバン」

などとささやかれる。
私は、覚えたての中国語で、「ぶーちー」と答えてやりすごしていた。皆、少し苦笑いをして離れていった。後に、私の話した中国語はこの地で「ブス」を意味すると聞いて、

「ねぇねぇ、これどっちがいい?」

と聞かれて

「ふつう」

と答えるようなやりとりをしていたのだと痛く反省した。

呼び込みの一人がB先生に近づいていった。
B先生は何やら話をしていたが、商談が成立したようで、私達はB先生と呼び込みの男に連れられて、商店街の裏路地へと連れて行かれる。

裏路地では、住民の生活が溢れていた。
軒先で食事をする者、元気良く遊ぶ子供達、空を仰げば洗濯物が揺れていた。明らかに異質な我々を値踏みするかのように、住民がじろじろと眺める。更に裏へ回ると、私達はほぼ直角に近い細くて急な階段を上らされた。上へいけばいくほど暗く怪しさ100万倍だ。

そして、ようやく屋根裏部屋のようなドアへたどり着き、私達はそこへ半ば強引に案内された。全員が入ると、私達の背後でドアが閉まり、そして鍵の閉まる音が聞こえた。

絨毯張りの室内は、音がしなかった。
それはそのはず。壁という壁にバックがぎっしりと並べられていた。こ、これが世に言うニセモノブランドというやつかーーー!!しかし、本物ならいざしらず、ニセモノといわれて何の興味がわくというのか。しかし、買う気はないものの、こんな体験は滅多に出来ないだろうと少し鼻の穴が膨らむ。

「What*****、****?」

一人の若い女性が親しげに話しかけてきた。
彼女は一生懸命英語で話しかけているのだが、少し理解しづらかった。しかし、話しているうちに、彼女は英語を勉強していて、少しでも上手に話したいということのようだった。そうだ、英語の通じる現地の人というのは珍しいから、こういうときに知りたい中国語を質問してみよう。

ありがとうとさようならは知っている。
だけど、ごめんなさい、という言葉がわからない。上海に来てまだ2日目だが、申し訳ないと思ってもその言葉が出てこない。相手に誠意を伝えたいのに、伝えられない。これはストレスだった。

私「ごめんなさいって、中国語ではなんていうの?」

彼女「****?」(←ちなみに英語)

私「うーん、ごめんなさいって英語で言うでしょう?中国語では?」

彼女「******。***?」

困ったなぁ。あ!そうだ!ここは中国じゃん!ニュージーランドでも、香港ガール、カルメンとの会話に行き詰まったときには筆談したっけ。そうそう、筆談しよう!

私はペンと紙を用意した。

彼女「***?」

うん、今から書くから待っててね。うんとね、これだよ、これ。

私は、紙に『<b>陳謝</b>』としっかり書いた。

すると彼女は、すべてを納得したという顔をして、何度もうなづいた。そして、彼女はこう答えた。

彼女「You, Good name!」

え…?

そして、彼女はその違う紙に自分の名前と電話番号を書いて私に返した。

彼女の中で、私の名前はずっと『陳謝』と記憶されるのだろうか。
会話の意外な展開に、私は愕然とせずにはおれなかった。

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