7月(前編)
10日 野生派思考
南島の最北端、Farewell Spit へとドライブすることにしていた。Farewell Spitは長い砂浜になっていて、TakakaのGolden Bayからもその姿をうっすらと眺めることが出来る。今日は、そのFarewell Spitを横切るようにハイキングをする計画だ。 Farewell Spitの駐車場までは、砂利道である。ソロソロと運転をする。
空気は冷えるが、幸い今日もいいお天気だ。駐車場で車を停めた。遊歩道を地図で確認する。3時間ほどでFarewell Spitを横切りつつ、駐車場へ戻って来れそうだ。さっそく、私達は長く続く砂浜へと下ることにした。うーん、風が冷たい。
砂浜を歩き始めた。右手に押し寄せる波。左手には、打ち上げられた海草(seagrass)がふかふかの束になって続いている。この海草は、家庭菜園の良い肥料になるとのことで、カズのホストペアレンツも、時々海草を取りに来るらしい。天然のミネラルをたっぷり含んだ海草を肥料にするなんて、きっと美味しい野菜が出来るんだろうな。ずーっと続く白い砂浜を歩きながら、ふと自分の歩いてきた後ろを振り返った。私の後ろに私の足跡が続いている。足跡は薄く、何やら生気がない。ど、どうしたことだろう。その横に、同じようにカズの足跡が続いているけど、深々としていて生気が漲っている。...ちょっと悔しい。
遠い前方に岩が見えてきた。
「時々、あそこにアザラシが来ていることがあるんだよ」
えー!アザラシー!?私、絶対アザラシが見たいよ!野生のアザラシでしょう?動物園のと違うんだよね?
「今日は来ていなさそうだなぁ」
そ、そんなの行ってみなくちゃわからないじゃん!!私は急ぎ足になる。岩まで駆け足で行きたいけれど、砂浜を走ると、せっかくきれいに足跡が続いているのに、それがめちゃめちゃになってしまいそうで心が引ける。急ぎ足になりながらも、自分の足跡のチェックには余念がない。うむ、まっすぐに歩いているぞ。
ようやく岩場に近づくと、岩一面に蜆のような貝がびっしりと犇めき合っていた。マッスル(紫貝)の子供かなぁ?
残念ながら、アザラシはいなかった。その代わり、岩の下には天然の大きなマッスルがいる!店で売られているのと同じ色、形のマッスルだ!岩と岩の隙間には、明るい緑色の岩海苔が生えている。私は頭の中で、このビッシリと生息している貝と岩海苔で作った即席の味噌汁を想像した。美味しいだろうなぁ。私、ここでだったら、食べ物を買わないで野宿できるよ。でも、焚き火は禁止かぁ。ちぇっ。
Farewell Spitは自然の宝庫だった。以前、北方領土は海の幸の宝庫化している、というのを聞いたことがあったが、まさにここもそれに近い状態なのではないだろうか。私はちょうど岩の下に一つだけ飛び出していたマッスルを毟り取った。そして、岩にぶつけて貝を割ると、その中身を取り出して海水で洗った。うふふ、ちょっとつまみ食いだよ。口の中に入れようとしたとき、カズと目が合った。カズは嫌なものでも見てしまったかのように顔をしかめている。マッスルは、ぐにゃぐにゃしていて、しょっぱかった。でも、スーパーで買った酢漬けになっているものよりも、ずっと美味しかった。
「美味しいよ!」
カズにも勧める。カズはイヤイヤと首を振った。
「生で食べるなんて...そんなの見たことないよ」
さっきまで生きてたんだから、ばい菌もバクテリアもなかろうに。でも、マッスルに毒があったらどうしよう。うって途中で倒れちゃったら、ごめんね。
カズは何も言わずに、海際の岩まで歩いて行った。びっしりと身を寄せ合っている貝の上を歩くのは忍びない。どうしたものか。
「この貝達は、身を寄せ合うことで踏みつけられても壊れないようになっているんだよ」
とカズが教えてくれる。そうか。それならが、なるべく平均に踏みつけてあげよう。それならば、壊れることもあるまい。不自然な格好で歩きながら、カズのところへ近づこうとする。足元には、岩から吹き出したように、岩海苔が生えている。私はそれを毟って海水で洗って、口の中に放りこんだ。こりこりしていて美味しい。海の匂いがする。お帰りなさいって味だね。
ふと気がつくと、やはりカズが顔を歪めてこちらを見ていた。
「のりこさんて...なんでも食べちゃうんだね」
そ、そんなことはなくってよ。私は落ちたものも食べたりすることはあっても、悪いバクテリアと大腸菌が蔓延っていそうなものは食べないわよ。それと甘くてヘンな色が着いている食べ物も食べないよ。
カズはちょっとあきれたように笑って、再び砂浜まで戻り始めた。砂浜に打ち上げられた、カズが昆布(と思われる)の横を通りすぎ、私を振り返った。ちょうど私はしゃがんで昆布を手にしていたところだった。目が合った。そのまま、手にした昆布を素早く口に運ぶ素振りをすると、「ああああ!!」とカズが制止する声をあげた。冗談だよ。いくら私でも、こんなに砂だらけの昆布は食べないよ。(食べてみたいけど)寸でのところで、私はやめた。
「いやー、のりこさんだったら食べちゃうんじゃないかと思ってさ...」
そんなことないよー。(いつかやってみたいと思ってるけど) 期待してるかなって思ってさ。
私達はゲラゲラと笑いながら、草の上に上がった。今度は、ちょっと高度の高いところを通る。ちょっと急な丘を登り始め、私達は無口になった。5mくらい先で羊たちがこちらを見つめている。羊は臆病なので、私達には近づこうとはしてこない。その代わり、先ほどから、小さく尾が長い姿がかわいらしい、ファンバード(扇鳥?)が私達の後を付いて来ていた。彼らは手を伸ばせば届くくらいの距離まで近づいてきては、離れて行く。そして、今は私達を先導するかのように、こちらの様子を窺いながら飛んでいる。実に頼もしい散歩の共だ。後ろを振り返り、海を眺める。ああ、ずいぶん高くまで来たなぁ。丘の上から、どこまでも続く海を眺めた。あの水平線の向こうのどこかに、日本があるんだよ。水平線にとくっついている空だって、日本の空まで続いてるんだ。不思議だなぁ。ほら、私が体をちょっと右に向けるでしょう?そうすると、その向こうにはアメリカ大陸があって、やっぱりおんなじ空が続いているんだよ。不思議だねぇ。風に吹かれて私の髪の毛がなびいた。この風はどこから来たのかな。もしかしたら、アフリカを旅して、ようやくニュージーランドに到着した風かもしれない。この次に、この風を感じるのは誰なんだろう。その人は私がこの風を感じたことを、ちょっとは考えてくれるかな。
私達は再び歩き始めた。
そろそろ日が傾き始めていた。
ぐっと冷えてきた空気とこの日の傾き方が、私の幼少時代を思い出させる。寺の鐘が鳴るまでに帰っていらっしゃい、と言われていたのに、鐘が鳴る頃はまだ、お家からずいぶん離れたところにいて、ほとんど泣きそうになりながら、走って帰ったっけね。今は、寺の鐘もないし、走って帰ることもないんだな。思えば、ずいぶんお家から遠くまで来たもんだ。Takakaに来てから、4日目。
It's time to go...?
9日 泣くな男だろ
今朝は、ヤギの乳絞りが終わったら、ちょっと車で遠出をする予定になっていた。ドライバーはカズ。カズは私のひとつ下の男の子で、私のまぶだちのだんなの従兄弟の息子である。ほとんど他人という噂もあるが、私には関係ない。はははー。 幸い、天気も良い。カンカンと音が鳴りそうなくらい乾いた空が、日本の正月の空のようだ。静かだなぁ。
その日、私達はファームでの仕事を手早く終了させ、早めの昼食を取り、ドライブの準備に余念がなかった。ことに、カズは「Takakaの素晴らしさをのりこさんに見せてあげるよ」と言って、張り切っていた。
私達は美しい牧場風景を堪能しながら、Collingwoodという、Takakaよりも更に小さな町まで行き、ルート1号線の果てを見た。そして、今来た道を引き返し、今度は南島の最北端まで出かけようということになった。
ハニー二世よりもボロい車。彼は、「車検を通すのにすごくお金がかかってしまうことがわかって、とてもショックなんだ...」と言って落ち込んでいた。なんでも500ドルほどかかるらしい。どこがそんなに損傷しているのか、と聞くと、足回りが中心だとのことで、それはもう修理するしかないんじゃないの?という他はなかった。そういえば、昨日の夜も車検場で渡された見積書を穴があくまで眺めてたっけ。車検は必要なものだし、お金は払うしかないんだから、落ち込んでも仕方がないのに。心の中で解決するのに、とても時間がかかる人なのかな。
私には何も助けてあげられることはないので、放っておいた。
陳腐に慰めることも出来ただろうが、それは相手に対して失礼だし、それほど私もイージーな人間ではない。景色を堪能しながら、無口にドライブを続けている最中だった。
バシッ!
一瞬、何が起こったかわからなかった。いきなり前方の視界がグチャグチャになってしまった。そう、対向車の跳ねた石がフロントガラスにあたって、フロントガラスが割れてしまったのだ。大きな石がごろごろしているニュージーランドではよくあることである。私も常に「明日は我が身」と思って走っている。
しかし、この出来事は既に落ち込んでいたカズの心を更に打ちのめした。
フロントガラスの新品を入れると、車にもよるけど、大体300ドルから400ドルほど取られる。1000ドルかー。これは痛いなーーー。悪いことが起こる時って、本当に悪いことが続くもんなんだねぇー。車を横付けする。フロントガラスはミシミシいっていて、今にも砕け散りそうである。小さなガラスの破片がシートにパラパラと落ちてくる。うーん、危ない。
「どうしよう...」
途方に暮れるカズ。ここから一番近いガレージかガソリンスタンドに行くしかないんじゃないの?そうしたらなんかしてくれると思うよ。そこまでソロソロと運転するしかないよ。ガラスを剥ぎ取るガムテープもないんだし。
その後のカズは機敏だった。バックシートからシートをはがし、フロントシートにかぶせる。
「危ないから、のりこさんは後ろに座ってて。」
といって、更にガラスがかかるといけないから、といってジャケットを貸してくれた。そして、運転しながら、しきりと私に謝っていた。
「せっかくの予定が台無しになってしまってごめんね。ごめんね。」
いいってことよ。明日の予定も決まっていない私なんだから。別に今日じゃなくてもいいんだしさ。明日だってあるし、明後日だってあるし。謝らないでよ。意味がないから。
ガソリンスタンドに行く途中、道路工事の作業員達がびっくりした顔してこちらを見ていたり、そばを通り過ぎた自転車が、何気なく振り返って、ギョッとしたりしていた。
カズが不愉快な顔をしている。別に彼らはからかっているわけじゃないんだから、怒らなくてもいいんだよ。...大丈夫?
「あ、ぜんぜん大丈夫だよ。」(にっこり)
うそだね。全然大丈夫なんかじゃないくせに、どうしてそんなこと言うのかね。私達は車をガソリンスタンドに預けて、近くのカフェでコーヒーを飲むことにした。しかしなぁ、車検のことでも落ち込む人なんだから、今回のことでも、かなり落ち込むんだろうなぁ。フロントガラスの損傷は、それほどレアではない、ということを伝えたが効果はなかった。私のハニー二世のフロントガラスも、Takakaへ来るまでに2つもクラックが増えてしまったんだよ。うーん、まだダメか。よし、これは取っておきの話だぞ。これでダメならもうネタはないな。
「Takakaに来る途中でさ、白いワンボックスが後ろのドアを開けたまま、路駐してたんだよ。でね、横を通り過ぎるときにね、ピカッって光ったんだよ。」
ギョッとするカズ。えへへ。どーだー、まいったかー。
「の、のりこさん。それはスピード違反だよ。切符がホストファミリーの家に送られてくるよ。たいへんだよ。」
大丈夫だよ。お金を払うだけでしょう?たいへんなことはないよ。生活が苦しくなるだけだよ。でも、ちょっと節約すればいいだけだしさ。別にたいしたことないと思うよ。笑い事だと思うよ。日本と違って、点数が減るわけじゃないし。
カズは悲壮な顔をして私を見つめた。
ああ、可哀想なノリコ。事の重大さに全然気がついてついてないだなんて...といった顔だ。気の毒なカズ。ネガティブな思考から逃れられないようだ。当然、コーヒーはご馳走させてもらった。今は少しでもカズにいい思いをさせてあげたい。私だったら、車検が通らなくてフロントガラスが割れたら、落ち込むよりも怒ってるね。たぶん、車を蹴っ飛ばして、「うりゃー、このいいとこナシのポンコツめー。」と叫んでいるだろうな。そして、お酒を飲んで酔っ払うだろうな...あ!ひらめいた!今日はワインでも買ってきて、カズに飲ませてあげよう。酒を飲んでぐっすり眠れば、気分も爽快だよ!
我ながらグッドアイディアだ。後でこっそり酒屋に行ってこよう。
ガラスを取り除いたフロントガラスの部分に、ビニールがガムテープで張ってあった。そうそう、この風景ってよくWhangareiでは見かけたものだよ。そろそろと車を発進する。スピードを上げてしまうと、ビニールが弛んで恐い。音もすごい。うーん、ニューな体験だ。なんとか無事にお家に着いた。すると、カズのお母さんからお手紙が届いていた。
「あ!頼んでいたクレジットカードだ!」
ああ、良かった。少しでもいいことがあって...。ん?カズの顔が再び能面のようになってしまった。どうしたの?
「おふくろが入院した。」
えええー?大丈夫なの?話を聞くと、まぁ、盲腸とかその手の類の手術のためらしく、特に心配するようなことでもないらしい。しかし、ネガティブ思考のカズは更に落ち込んでしまった。うーん、これは落ち込むよ。3連発だしなぁ。ちょっと(酒の)量を増やさないとな。
洗濯物を取り込んで来ると言って、家を出た。さて、酒屋はどこにあるのかな。ガレージで仕事をしている、ホストファーザーに聞いてみよう。
「今日はカズが落ち込んでいるから、ワインを買いに行こうと思うんです。酒屋ってどこにあるんですか?」
すると、彼は驚いたように私を見た。
「どうして僕のワインを飲まないの?」
え?あの趣味で作ってるってやつ?量がすくないんじゃないんですか?
「いーっぱいあるんだよ。遠慮しないでよ。」
と言って、冷蔵庫のドアを空けて見せてくれた。外に置いてある3つの冷蔵庫は、すべてワイン保存専用の冷蔵庫だった。中にぎっしりと詰めこまれたワインのボトルを見て、本当に驚いてしまった。
「これなんかどうだい?美味しいよ。」
なんかの野菜から作ったという白ワイン。一昨日試してみたけど、辛口で美味しかった。ありがとうございます。買ってきたものよりも、もっと喜ぶだろうな、カズ。
夜、夕飯を終えてしばらくした頃、ホストファーザーが私に目配せをして立ち上がった。カズは私の前に座って、ぐったりと一点を見つめている。相当落ち込んでいるらしい。
「カズ、ワインを飲むぞ。」
と私達にワインを注いでくれる。実は、この家では、毎週水曜日と土曜日にしかワインを開けない。週に2回、グラスに2杯、と決めているとのこと。今日は金曜日。驚くカズ。
「え?あ?え?あ、さんきゅー...」
摩訶不思議な顔をするカズ。どうして今日はワインを開けてるんだろう...とつぶやいている。いいから、ごちゃごちゃ考えないでぐぐぐーっと飲んでよ。きっと君をあたためるだろうからさ。
ワインは次から次へと出てくる。いつもより多めに出してくれているようだ。うーん、カズくん、いい人達と暮らしているねぇ。
さまざまなワインをたっぷり楽しんだ後、ホストペアレンツは寝室へと去っていった。
暗くなったダイニングで私達は、冷たいビールを飲んでいた。「今日は金曜日なのに、なんでワインが出たんだろう。こんなことは初めてだよ。」
それで、気分は治ったの?もう落ち込んでない?
「うーん、落ち込んでないと言ったらうそになるかな。」
そうか。じゃあ、仕方がない。白状するよ。今日はさ、カズが落ち込んでいるからって、特別にワインを開けてもらったんだよ。ホストファーザーの提案で、自家製のワインがいいだろうって。いい人達だね。カズくんは幸せだと思うよ。小さな事にはくよくよしないでさ、もっと大事なことに注目しようよ。そしたら、気分はもっと良くなるよ。
カズががっくりと頭をうなだれて、ありがとう、とつぶやいた。しばらくして彼が顔をあげたとき、少し目が赤かった。涙を我慢したのかな。
でもさ、落ち込んでいる時の薬って、人からの優しさなんだよね。それも上滑りの優しさなんかじゃなくて、心から調合された一品。心に優しさを塗ってあげると、傷口に優しさが染み透って、心を軽くしてくれるんだよ。
元気出してくれたかな。
うん、元気出た、と言ってにっこり笑った、今回の笑顔は本物だった。
明日は私の車で遠出をしよう。
8日 ベイブな生活
私はカズと一緒にホストマザーの運転する車に揺られていた。
今朝は、彼女のお姉さんのファームのお手伝いをしに行くことになっていたのだ。そこのファームは本格的な酪農家で、ヤギ、羊、子牛、豚、子豚、アヒル、グース、そして鶏となんでもござれのファームである。自家製の野菜も育てていて、食生活は自給自足という、私の夢の生活をリアルで行っていた。泥でぬかった坂を車であがっていくと、丘の上に小さくてかわいらしい家が現れた。庭先には等身大の小人の人形が置かれている。まるで、映画『ベイブ』に出てくるお家のようだ。私達の乗る車を犬と猫が追いかけてくる。
到着するや否や、かつてはピンク色だったと思われる泥の付いた長靴を渡された。よーし、これで泥の中でもへっちゃらだぞー。長靴なんて久しぶりだなぁー。うきうきする私に与えられた仕事は、ヤギの乳絞りだった。うおーーーっ!!!『牛の世界』での屈辱を覆し、まずいヤギ乳の印象を払拭するチャンスが、今、この手に!!!
ファームの若息子から、中くらいの大きさの赤いプラスティックのボールを手渡される。
「ゲートの中の小屋にヤギを入れるから、これを持ってそこで待ってて。」
息子の指差す向こうには、木の囲いがあって、その中に豚とヤギとグースとアヒルが大暴れ(そのように見えた)していた。どのようにゲートを開けるのかわからないので、ゲートをひょいと飛び越えた。着地する際に、泥が跳ねる。長靴のありがたさを感じた。長靴って便利だなぁ。かっこいいよ。
3頭のヤギが、ゴツゴツと体をあちこちにぶつけながら、ひっぱられてきた。台の上に鎖で繋げられると、じっと動かなくなる。ファームの若息子が、いったん乳を絞って見せてくれた。
「やってごらん」
初めて触れるヤギの乳袋。あ、温かい。それに、柔らかい。ぎゅって握っても痛くないの?
「だいじょうぶだよ。ぎゅーってやっちゃって。」
恐る恐る、乳を握ってみる。うっ、乳袋の中で乳が上に上がってしまうのが手で感じられる。乳は出てこない。こんなふうにやるんだよ、と息子が再びお手本を見せてくれる。
実を言うと、私は長年乳絞りに憧れていたこともあって、乳を絞るときの理屈はわかっているつもりだった。しかも、私はいつの日か、夢を実現するときのために、乳絞りのイメージトレーニングまでしていたのだ。そして、その成果は今、見られない。
もう一度、根元から絞ってみる。今度は恐がらないでもうちょっと強く握ってみよう。
ぎゃっ。
ヤギがいやがって、私の手を足で蹴る。手を伸ばす、逃げる、伸ばす、逃げるをしばらく繰り返し、私の心が焦り始めた。あまりにもこの私は役立たずじゃないか?ここまで来て、迷惑だけかけて帰るわけにはいかない。これは、心を鬼にして、ぎゅっと乳袋を握るしかないんだ!
私は動くヤギを抑えて、乳を絞った。
じょー。
出たっ!!!やったー!やったー!出た、出た、出た、出た!出たっ!!!
あまりの嬉しさに、顔が笑ってしまう。うおー、絞ったら出たよー。でも、乳の出具合が、息子に比べて細すぎる。悔しいな、でも、もうコツは覚えたぞ。じょー、じょー、じょー。両手で乳を絞る。白い乳が赤いボールに溜まっていく。ああ、すごい!私、乳を絞ってる!そこまでやって、私はふと思いついた。
一番フレッシュなヤギ乳を飲むのは、今がチャンスなんじゃないか?「ああ、だったら絞って直接ミルクを口に入れればいいよ。」
え?とひるむよりも先に、息子はヤギの乳を口に目掛けて絞り始めた。乳は口からちょっと外れて、彼のほっぺで弾けた。息子が照れくさそうに、ミルクを袖で拭いた。私は乳を手のひらに絞り、一口飲んでみた。
おいしい...。
スーパーに売っていたヤギ乳は偽物だ。このヤギ乳も、確かに牛乳とは違う匂いがする。だけど、ほんのり甘くて実に濃厚なこのミルクの味は、スーパーのものとは比べ物にならないくらい美味しかった。口に含むと、ちょっとだけだけど、マトンのような匂いが残る。でも、真の栄養って感じがして、カッコよさは否めない。すごい!ヤギの乳って栄養だ!
さっきから、じっとこちらを窺っている猫ちゃん達。ヤギの乳を待ちかねているようだ。私は赤いボールから、猫達にミルクを分けてやった。猫はヤギの乳が大好きなようで、奪い合うように飲んでいた。うんうん、わかるよ。猫達は、誰に教わるわけでもなく、ヤギの乳が栄養だってことをちゃんと知っているんだ。栄養がいき渡っているせいか、ここの猫達は、イキイキしているもの。
すっかりヤギの乳絞りを終えた私達は、カズくんとホストマザーがいる牧場へと移動した。彼らは、一生懸命、卵拾いをしているところだった。大きな牧場には、一本だけ、背の低い横広がりな木がたっている。その根元に、鶏達の巣があるのだ。鶏は、その付近に卵を産み落とす。毎日拾い残しのないように、卵を拾わなければならない。さもなければ、卵が成長してしまう。慎重に辺りの草むらを探し、ようやくすべて拾い終えた。
ヤギの乳に、自然の卵かー...。
この素朴な生活は、将来の私のライフスタイルだ。
家畜の糞をミミズにあてがい、ミミズが糞を分解して土を造る。その土で野菜を作り、その野菜で料理を作る。余ったジャガイモの皮やにんじんのヘタなどは、家畜の餌としてあてがう。家畜から取れるミルクで、バターやチーズを作る。卵は放し飼いの鶏からもらい、時には家畜を絞めて肉を供給する。いつか必ずそんな生活を手に入れるんだ。それが将来の私のライフスタイルだ。仕事を終えた私達は、お家に戻って体を暖めた。うー、寒かったよー。
息子がヤギ乳のたっぷり入ったコーヒーを出してくれた。ああ、温かい。熱いコーヒーで、手を暖める。悴んでいた指先に血が巡り始めた。ヤギ乳の匂いがするコーヒーを飲んでいると、息子が言った。
「乳絞り、初めてなのにとても上手だから、明日もお願いするよ。」
まじ!?合点承知の介だぜー!まっかせなさーい。
大喜びで胸を叩く。帰り道、私はTakakaの大きな空に向かって、「しあわせだよー」と心の中で叫んだ。
Takakaでの生活は始まったばかり。
明日は一体何が起こるんだろう?
7日 エキサイティング Takaka
いつも目覚めの悪いこの私が、ぐずぐずすることもなくぱっちりと目を覚ました。時間は5時5分。静まり返った部屋をごそごそと物音を立てながら、支度にかかる。5時半にはフェリー乗り場に着いていたい。チケットには「出発1時間前に集合」って手書きのポストイットが貼ってあった。チケット売り場のおばさんが、「忘れないように」ってわざわざ書いてくれたものだった。いつもそうなんだけど、どうも私は子供扱いされることが多い。別に見た目が子供っぽいわけではない。かつて、郵便局で「**円の収入印紙ください」って言ったら、「**の収入印紙ってないのよ〜。*円分の収入印紙を2枚あげるわね。はい。これね。落とさないようにね。」といわれたことがあった。...バカに見えるんだろうか。 15分で支度を済ませた。
ロビーでは、やはりフェリーに乗る予定であろう泊り客達がチェックアウトをしていた。早朝の静けさって、なんだかラジオ体操に出かけるときの家に似てるなぁ。辺りは真っ暗だけれどね。外に出る。うわー。外は寒いなーーー。キンキンに冷えた空気が、妙にテンションの高い私の頭を冴えさせる。私の、愛してもいないが愛車になってしまっているハニー二世が窓を曇らせて私を待っていた。ああ、凍えるねー。エンジンをかけてしばらく暖気する。ああ、ハンドルがこんなに冷たくなっちゃって。かわいそうに。
さて、昨日あらかじめフェリー乗り場の場所は確認しておいたけれど、如何せん暗がりだからなぁ。場所、わかるかなぁ。方向音痴の私はやはりウェリントンの街をぐるぐるぐるぐるすることになってしまった。いいや、ここで右折、更にもう一度右折で一回り...あれ?標識が裏を向いているよ。地面の標識も逆になってるよ。はっ!ここ、一方通行じゃん!!!しまった!前から車が来ちまった!
かろうじて脇に車を寄せ、Uターンだ。ふぅ...早朝で車が少なくって良かった...。
フェリー乗り場に着くと、既に車の行列が出来ていた。まだみんなが寝静まっている早朝でも、フェリー乗り場はにぎやかだ。フェリーといえば、ポンポン船のようなものしか、ここニュージーランドでは乗っていなかった。しかし、今、目の前であんぐりと大きく扉を開いて、私達を迎えているこのフェリーは、私にとってダビデの塔にも近いほど大きな船に見えた。
いよいよ入船だ。前に車でフェリーに乗ったときは、みんな車から降りなかったけど、今度はどうなのかな。3時間、車の中にいたら、寒いだろうなぁ。
船に乗ってからいつまでも車に居座っていたのは、私くらいなものだった。私も皆の行く方向へ行ってみよう。あれ、あれれれれ。この船、なんか豪華じゃん!!タイタニックみたいだよ(だいぶ劣るけど)。Cafeもあるし、テーブルとかソファもあるし、テレビルームもあるし、ビジネスマン向けのワークデスクまで準備されてる。すごい!!
私は船をグルグル探検して、お腹までグルグルしてきてしまった。ああ、お腹が空いたよ。今日はTakakaまでドライブだから、なんか食べておかなくちゃ。カフェで野菜スープとコーヒーを注文する。知らないうちに、景色が動いていた。船が出港していたのだ。静かな船なんだなぁ。
メモを書きながらスープを飲んでいると、太ったクルーのお兄さんがやってきて、「コンニチワ オゲンキデスカ」と言ってきた。ほう、このフェリー会社では、クルーに日本語を勉強させているのか。感心だ。ここで、英語で「Yes」とか答えてしまう人がいるけれど、相手が日本語で話しかけてきたときは、日本語で返事をするのが礼儀というものである。私は答えた。「はい」
すると彼は、早口の英語で「後でオフィスまで来て」とささやいて去っていった。
なんだろう?日本語の勉強でもしたいのかな。そしたら、どんな言葉を教えてあげようかなぁ。まじとか、超とか、おいどんとか、〜ですたいとか教えてあげよう。そのほうが喜ばれるよ。
食事を終えてから、ぶらぶらと歩きながらオフィスを探した。すると、お土産屋のそばにあるカウンターから「こっちこっち!」という声が聞こえてきた。ああ、お兄さん、ここにいたんですか。見た目、33歳の彼,の名前はポール、実は32歳、独身、バツ2回という情報が、たった10分の会話でわかった。初めての妻が日本人、2度目の妻が中国人。...ふーん、どうして離婚したの?
「Because after we married, she's become a ケチババァ」
結婚してから、バレンタインもクリスマスもなかったらしい。それは寂しいねぇ。一緒に住んでるんだから、さぞかしイベント事は楽しいだろうにねぇ。餃子大会とか、カレー大会とか、大掃除大会とか...いっぱいやることはあると思うよ。で、離婚して学んだことって何?
「もう3度と結婚しないこと。なーんちゃって。」
どうやら会話が進むにつれて、日本語に興味あるわけではないということがわかってくる。でも、なんでか知らないけど会話のテーマが"結婚とは"ってことになっちゃって、白熱してしまった。仕事の合間にそのような話で盛りあがり、そろそろ到着時間も迫ってきたが、彼はまだ話足りない様子だ。彼は私に彼の住所を手渡した。
「僕の家にはまだ2つほど使っていない部屋があるんだ。この次ウェリントンに来る時は、絶対僕の家に泊まって。フリーアコモデーションだよ。ウェリントンではバックパッカーにとって、ロクな宿泊施設がないからね。少なくとも3泊はしてくれ。僕にたっぷりウェリントンの良さを案内させてよ。」
別に悪い人には見えないけれど、タダより高いものを要求されそうだなぁ。でも、なんか平気な感じがするから、いいや。うん、この次戻る時には、泊まらせてね。
「やった!約束だよ。Norikoが戻ってくるときには、僕も非番だからさ。」
彼の仕事はシフト制になっていて、私が到着するその日の午後から非番になるとのことだった。彼と再会するのは、8月の初旬だ。それまでの間、私は一体どんな人達と出会って、どんな体験をするんだろう。
Pictonのフェリー乗り場に到着するときには、既にあたりはすっかり明るくなっていた。車で船から港へ渡るとき、思わず「うおー」と叫んでしまった。ついに南島に着陸だ!!
南島は、本当に北島と景色が違っていた。おーーーーーきな山がずーーーーーぅっと横に棚引いていて、山の向こうにも、いくつもの山が連なっていた。ああ、すごいなぁ。広いんだなぁ。大きいんだなぁ。視界の180度めいっぱいのところまで、山が続いている。ここは南島だ。
車を降りて、トイレを済ませる。地図で大雑把な道順を確認してから、いよいよ出発だ。
私はTakakaを目指していた。Takakaには、私の親友のだんなの従兄弟の息子のカズくんが、老夫婦の家にホームステイしているのだ。親友の紹介で、彼とは一度だけ面識がある。滞在中、彼はCafeのバイトを休んで、私にお付き合いしてくれるとのことだった。ありがたいことである。
Takakaまでの道のりは、約4時間〜5時間。途中、かなりトリッキーな道を通らねばならないという。快適だった道が、勾配の急な坂道に変化してきた。イロハ坂のようにうねった坂が延々と続く。ずいぶん高くまで来たな、と思ったときのことだった。目の前に、『風の谷のナウシカ』の集落が現れた。壮大な山間に広がる平らな部分に、点々と見える家屋。目を凝らすと、小さな家屋の煙突から、煙が出ているのが見える。実にのどかで美しい景色だ。そして、その集落を取り巻く、いくつも重なり合った山々は、"地球"を感じずにはおれない。私は美しい星に生きているんだなぁ、と地球に感謝したくなった。
この丘を越えてしばらくするとTakakaに到着だ。
「小さな町だから、見落とさないようにね」
と彼から注意されていた。一体どれくらい小さな町なんだろう。迷子にならないといいな。
...そんな心配は無用だった。Takakaは本当に小さな町で、100mくらいの道路の両脇に商店が立ち並ぶだけの本当に小さな町だった。もちろん、ここに住む人達はお互いの小さい頃から今に至るまで知っているし、この時期は旅行者も少ないので、一週間も滞在すれば、私の顔もすぐに覚えてしまうことだろう。
久しぶりに再会したカズくんは、髪の毛が短くなっていた。でも、別に顔は変わっていなかった。お家まで案内されて、老夫婦に会う頃には、既に日が傾き始めていた。
もうすぐ夕飯だから、ゆっくりしていらっしゃい、と温かいコーヒーを渡される。リビングルームには、薪ストーブがあって、部屋はかなり暖かかった。金色の光りが窓から差し込んでくる。私はコーヒーを飲みながら、高くて乾いた空を窓から眺めていた。その瞬間のことだった。
シュッ!
空で、球体が銀色にギラッと光って見えた。その直後、その銀色の球体から火が吹いた。そして、消えてしまった。
う、うわーーーー。なんだあれーーー?思いっきり、私は"What's that !?"と叫んで指差して立ち上がった。
「飛行機だよ」
おじいさんがニコニコ笑ってる。そ、そーかなー...。絶対に違うと思うんだけどなー...。
その謎は、夜のニュースで解明された。
小さな隕石がニュージーランドに落ちてきたのだった。このニュースは、何度も何度も繰り返し報道され、実にレアな事件であることがわかる。ということは、私はすごくラッキーなんだな。うん、そうだよ。今まで隕石が落ちていえるところなんか、見たことなかったもの。そんなのなかなか見れるものじゃないよ。一瞬、『1999年7の月』って言葉が頭を過ったけれど、まぁ、それはそれで別のことなんだろう。
エキサイティングな幕開けで始まったTakakaの生活。
明日は早起きするぞ!!
6日 のんちゃん 荒野を行く
Taupoよりも南側の景色は初めてだった。
目の前にはアルプスのような岩山が、雪の薄化粧姿でドドーンとそびえていた。Taupoを境に、景色が壮大になっていく。午前中からずっと走りつづけて、ようやくタウポの先までやってきた。お昼ご飯も抜いて、どこにも停まらず走りつづけている。ウェリントンまでの道のりは長く、そろそろ太陽も傾き始めてきた。暗くなる前に宿を決めておかないと面倒なことになるなぁ。峠を走りながら考える。耳がツンとして、車の中がヒンヤリしてきた。高度が高くなるにつれて、周囲の景色も草木がなくなってくる。そして、ついに窓から見える景色は牛も羊もいない、赤い土の荒野だけになってしまった。荒野の間を延々と続く道路。道は上下にウェーブしていて、その果てには薄暗くて分厚い雲が待ち構えている。まるで、不吉な悪魔の棲む街に進んでいるかのようだ。荒野はいつまでも続き、私の心は落ち着かない。
天気が悪くなると、暗くなるのも早い。
このままだとウェリントンにつくのは、5時半か6時というところだろう。辺りは完全に暗くなっているに違いない。しかも、都合の悪いことに、ウェリントンはニュージーランドの首都だ。交通事情はオークランドがそれ以上ということが予想される。あいにくウェリントンの地図は持ち合わせていない。街のインフォメーションセンターで手に入れようと思っていたのだ。しかし、私がウェリントンに到着するころには、インフォメーションセンターはとっくに閉まっていることだろう。まいったなぁ。もっと早くオークランドを発つんだった。
ウェリントンは遠かった。走っても走っても、一向に到着しない。景色は荒野から海へと変化し、今は夕日に反射した金色の光りが、私の目を突き刺していた。背の低い私には、車のサンバイザーは役に立たない。サングラスをかけると、景色の本物の色がわからなくなるから嫌なんだけど、なにも見えないよりはましだ。ああ、ウェリントンって遠い街なんだなぁ。
ようやくウェリントンに着いたときには、既に辺りは真っ暗だった。幸い車と人の通りは激しい。高層ビルの赤い点燈が、皇居から銀座にかけての景色を思い出させる。
今日はお昼ご飯も抜いちゃったし、早く食べないとレストランとかも閉まっちゃう。どこかのビルのレンストラン街を探さなくちゃ。
お腹が空いている時には、ご飯に限る。ということで、私は中華バイキング(のようなもの)を選択した。3種類のおかずを皿てんこもりに盛ってくれて、7ドル。もう、安いんだか高いんだかよくわからない。ついでに、ここの店員のおばさんにバックパッカースの場所を聞く。すぐそこよ、と高層ビルの辺りを指差す。...エリアが広すぎて、わからないよーーー。
飯を食った後、地元の地理に詳しいであろうガソリンスタンドに寄ってみる。インド系の店員さんは、やはり中華のおばさんと同じ方向を指差す。おじさんは、とにかくその道をまっすぐ行け!そうすればわかるよ!と叫んでいる。わかったよ。とにかく行けばわかるんだね。
白い息を上げながら街の灯りの中を走る。ああ、寒い、心細い。
バックパッカースは、おばさんとおじさんが指をさした辺りにあり、バーがバックパッカースを兼ねて経営しているようなところだった。バーの中の赤いランプの下で、髭を生やしたおじさんが私をじっと見ている。いかにも悪い人が集まりそうな気配のバーだ。一瞬、やめようかな、とも思ったが今日はもう寝るだけだし、明日の朝は早朝の5時半には出なくてはならないのだから、とあきらめることにした。
通された部屋は、いかにもラブホという感じの、かつてはゴージャスだったに違いない薄汚れた壁布(ところどころ剥がれている)が私の思考を更にネガティブな方向へと誘う。風呂は各部屋についているが、絶対に裸足では歩きたくないタイルとバスタブ、そして、蓋のないトイレが、刑務所に閉じ込められた気分にする。トイレはぼろいというよりは滑稽に近いくらいで、壁際ギリギリに設置されている。太った人が座ったら、壁側の腕を挙げなくちゃいけないに違いない。いやいや、お尻だってどうしたものか。半ケツ覚悟で用を足さなければならないだろう。
このバックパッカースには、暖炉もなければキッチンもないし、水飲み場もない。私はバーで、ビリヤードで遊ぶ人々を観察しながら、ビールを飲んでいた。カウンターに立つ人達がこちらをじろじろと見る。話しかけられる前に、この場を立ち去ろう。ああ、神様、ここは良くない場所です。
とっととビールを飲んで、バーを出る。背後から何か冷やかす声が聞こえたが、振り返らず立ち去った。
部屋に戻って、目覚まし時計を4:50にセットしてベッドに入った。
明日の午前中には南島だよ。さよならウェリントン。またくる時には、もっと違う表情を見せてちょうだい。長時間のドライブと近頃の寝不足のせいで、泥のような眠りへとまっ逆さまに落ちて行った。