July(中編)

7月(中編)

11日  13日  14日 15日 16日
 
 

16日 古き街並みのChristchurch
 
がっしりした体格のくせに、女の子みたいに長いクリンとした睫毛のモルガン。
私がChristchurchに出発する朝、彼は残念そうに「もう行ってしまうの?」と言った。そして、その後、大きく手を広げて、

「友よ。最後にもう一度抱きしめさせて。」

と言って、サヨナラのハグをした。さよなら、モルガン。私、また戻ってくるよ。また、たくさんお話しようね。

ベランダからいつまでも手を振るモルガンをバックミラーに、私は一路Christchurchへ出発した。KaikouraからChristchurchまでは車で、2時間ほど。そんなに遠くはない。今夜からしばらくは、私のホストマザーのお姉さんのお家にやっかいになることになっていた。Christchurchは平らでだだっぴろい。街の地図を持たずに、果たして目的の家まで辿り着くことが出来るだろうか

実はこの日、同じくワーキングホリデーでChristchurchに滞在しているふづきさんと対面することになっていた。ネット上では、長い付き合いになるのだが、こうして対面するのは初めてである。Christchurchがどんなに広くとも、迷いやすくとも、インフォメーションセンターまでは辿りつけるだろう。

Christchurchに近づくにつれて、景色がひじょうに英国調に変わっていく。Christchurchに入ると、辺りの雰囲気はすっかり英国状態になってしまった。しかし、広い。どこからが街なのか、さっぱりわからない。Kaikouraなんかだと、一目瞭然なのになぁ。

しかし、ドライバー的センスの良さが昂じて、インフォメーションセンターの場所を突き止めることが出来た。あとは駐車場だ。コイン駐車場に入れても、せいぜい2時間くらいしか停められない。しかも、手持ちに十分なコインはなかった。うーん。しかし、ふづきさんに連絡するはずの時間はとっくに過ぎつつある。うーん、とりあえず停めよう。そして、公衆電話を探すんだ。しかし、Christchurchは広い。公衆電話だって、遠いったらありゃしない。しかも、平らでだだっぴろいから、遠くに公衆電話があるっていうのが、見えるんだよねぇ。公衆電話があんなに小さく見えるよ。

Christchurchには至るところに教会がある。ひじょうに美しい建物で、これが、厳かに神の声に耳を傾けるところであることを忘れてしまう。美しいので、神様とは関係無く、眺めていたくなってしまうのだ。今までの旅に、このように古いヨーロッパ調の建物にはお目にかかれなかった。Christchurchの人々は、こういった古い建物に対して敬意を抱いているというのが、そこはかとなく感じられる。

さて、ようやくふづきさんとも連絡が取れたし、あとはふづきさんを待つだけだ。世界中のどこにでも存在する、『巨泉のOKギフトショップ』の前で待ち合わせをする。待っている間、人間ウォッチングだ。うーん、日本人、多いねぇーーー。どこもかしこも日本人だよ。それに、ヒールを履いて、ロングコートを着ている女性も目につく。すごい、旅の最中では、見たことのない格好だ。

しばらくするとふづきさんが現れた。第一印象は、

「あ、向井くんじゃん!何してんの?こんなところで。」

向井君というのは、小学校時代の仲良し君である。今ごろ向井くんは何しているのかなぁ。最後に連絡しあったのは、彼が大学に滑って浪人したときだったけど、あれっきり、連絡がないなぁ。大学、ちゃんと行けたのかなぁ?まぁ、いいや。そう、ふづきさんはそんな向井くんにそっくりだった。もっとわかりやすく言うと、目の細い宍戸ジョーだ。

私はふづきさんから、Christchurch情報を入手。さすが、長くChristchurchにいるだけあって、いろんなことを知っている。私達は、中華料理を食べながら(すげー美味しかった!)、NZ人に対する気持ちや意見などを交換しあった。彼もいろいろと苦労をしているようだ。

優しい優しいふづきさんは、このだだっぴろいChristchurchで、私が目的地に辿りつくのは到底無理であろうと判断したのか、私をわかるところまでバイクで先導してくれるという。おかげさまで迷うことなく、目的地まで到着することが出来た。本当にどうもありがとうございました。ふづきさん。

さてさて。リンダのお姉さんとの対面である。リンダのお姉さんの名前はプリシラ。スラリとした赤毛の美人だ。

リンダは料理がうまい。リンダの作った料理はいつも美味しい。でも、プリシラは別だった。プリシラには、先天的にグルタミン酸を破壊する能力があるのだ。いや、単に味覚が狂っているだけか。その日の夕飯は、得体の知れないパスタだった。いや、パスタ自体は美味しそうに見えた。付け合せの野菜は、白いにんじんみたいな野菜が丸ゆでされているものが添えられている。それと、マッシュポテト。私はマッシュポテトが好きだ。だから一番最初に食べる。いっただっきまーす!ぱくっ!あれ?

皿が空になるまで、私の中で、この問いかけは終わらなかった。ぱくっ。あれ?ぱくっ。...あれー?(おいしくない...)

でも、出されたものはすべて食べるのが私の信念だ。すっかり平らげた後、プリシラが聞いた。

おかわりする?

私は、こう聞かれたとき、断わるのは好きじゃない。お腹がいっぱいだったら別だが、お腹がいっぱいでもないのに、お断りするのは忍びない。私は、「はい」と答えた。

後は、満腹中枢が刺激される前に平らげるのがコツだ。女とは思えない勢いでバクバクバクッと食べてしまう。ふぅ、よかった。満腹を感じる前に食べることが出来たぞ。

「のりこがそんなに食べるなんて知らなかったわ。」

プリシラは嬉しそうだ。私は徐々に満腹中枢が刺激されてきて、動けなくなりつつあった。

翌日、私はChristchurchの図書館へ出かけた。街がでかいだけあって、図書館もでかい!すごいなー。都会だなー。としばし田舎者の気分を楽しむ。ここは便利で人もそんなにいなくて、きれいな街だけれど、やっぱり私のスタイルじゃないな。野菜は畑から取ってくるんじゃなくて、買わなくちゃいけないし、誰も長靴で歩いている人なんていないもの。

図書館でしばらく過ごした後、なんとなく昨日気になった教会に入ってみた。観光スポットとしてにぎやかなこの教会には、各国からの観光客が出入りしているのが見える。コマーシャルな場所はキライだけれど、中がどんなふうになっているのか見てみたい。正面玄関から教会に入る。

突然、正面から清らかな歌声が流れたきた。

ちょうど礼拝の時間だったのだ。小学生くらいの少年達が、神父さまの指揮に合わせて歌を歌っている。なんと、清々しい声なんだろう。なんて美しいメロディなんだろう。私はクリスチャンじゃないが、教壇の前の椅子に腰を下ろした。少年達は、白い衣を身に纏い、一生懸命歌っている。ウィーン少年合唱団のように端正な合唱である。少年の頃の声は、本当にきれいな澄んだ声なんだなぁ。それがどうして大人になると、あんな声に変わっちゃうんだろう。

神父さまのお説教を聞いて、結局礼拝が終わるまでいてしまった。礼拝が終わると、小さな男の子が袋を持って、出口に立っている。素通りする人もいるし、幾らかのコインを落とす人もいる。私がたった2ドルをあの袋に入れるだけで、彼らが居心地よく教会での生活が出来るのであれば、安いものである。私はたくさん過ぎて失礼にならないくらいのコインを袋に落とした。少年が、ありがとう、と小さな声で言った。

私は帰路についた。
もちろん、道に迷ってかなり先の反対方面へ行ってしまったことは、言うまでもない。

(つづく)



15日 くつろぎのKaikoura
 
かなり寝坊して目が覚めた。

いいんだ。寝たいだけ寝ていたって。でも、旅に出ると早起きになっちゃうんだよね。これから過ごす1日に期待しているから。まだ眠いけれど、跳ね起きた。時計を見る。おお、もう10時過ぎてるー!

とにかく熱いシャワーを浴びよう。目を覚ますんだ。
シャワーを浴びていると、ご機嫌なモルガンの歌声が聞こえてきた。今日も働いているモルガンは、一体何時に起きたんだろう?

コーヒーを飲んで、しばらくしてから出かけることにした。うーん、いいお天気だ。薄い空色の下に、大きな山、隣のバックパッカースの洗濯物、戯れる2匹の犬。実にのどかな景色である。ここでは、毎日こんな光景が繰り返されているんだ。町に出てみよう。こんな町に住んでいる人々が見てみたい。

私は車のエンジンをかけた。歩いても行ける距離だけど、帰りにスーパーマーケットへ寄りたいから、車で行く。モルガンが手を振っている。ばいばーい、モルガン。夕食の後、話そうねーーー。

私は小さな町の図書館を訪れるのが好きだ。図書館には町に住むさまざまな人が現れる。図書館のスタッフはたいていが地味で、そしてとても優しい。スーパーマーケットに寄って、夕飯用の野菜を購入してから、図書館に向かうことにしよう。小さくて必要最低限のものしか置いていないスーパーマーケット。生肉は置いていない。あるのはしなびた野菜とベーコン類、そして、数々のデイリー食品だ。もちろん、その他に缶詰や日用品なども置いてある。私はこの日の夕飯のために、パセリが欲しかった。しかし、ここにはパセリが置かれていない。困ったなー...と思っていると、レジの女の子が遠くから私に問い掛けてきた

「何を探しているの?」

パセリが欲しいの。この小さなスペースにはどう見てもパセリは置いていなかった。

「それなら、角に八百屋があるわよ。」

え!?八百屋があるの?知らなかったよー。ありがとーーー。
私は八百屋へ走った。本当に小さな町だ。50mも走れば八百屋があるんだもの。

八百屋では、客と店主が世間話に昂じていた。話を聞いていると、どうやら店主は客の娘を知っているらしく、学校生活について話し、やがてその世間話はよその人の娘と息子の話に発展し、いずれにしても客の娘がもうそんなに大きくなっているなんて、気がつかなかったよ、と店主は言葉を結んだ。よく喋る店主だ。私は話を聞きながら、この狭い八百屋の隅々までパセリを探した。新鮮なトマトはあっても、パセリはない。仕方がない。長ねぎで用を足そう。私は長ねぎを掴んだ。でも、しっくりいかない。名残惜しそうにパセリを探していると、話を終えた店主が話しかけてきた。

「お嬢さんは何がお入用かな。」

ホントはパセリを探しているの。

「パセリか!パセリを探していたのか!ちょっと待ってて、すぐ戻ってくるから。」

彼が店の奥へ引っ込んでしまった。しばらくすると、山ほどのパセリをもって現れた。

「どれくらい欲しいの?欲しい分だけ取ってごらん。」

私は一房のパセリを取り上げた。

「え!?それだけ!?それだけでいいのっ!?」

いいよー。もっと手に入れても使い切れないもの。

「んー、じゃあ、5セントでいいよ。」

えっ?5セント?安すぎない?タダ同然でパセリを手に入れてしまった。売り物じゃなかったのかなぁ?とにかく、ありがとー、おじさん。たった3円あまりでパセリを手に入れた私はご機嫌だ。私がご機嫌なので、おじさんもご機嫌だ

「どこ出身なんだい?」

日本よ、日本。北半球にある日本からやってきたのよ。

「え?本当?俺はまたフィリピン出身かと思ったよ。」

ギャグかなーって思っちゃうくらい、聞きなれた言葉が返ってきた。日本にいた頃はよく言われてたっけ。フィリピンパブのアグネスなんか、

「ノリチャン、ココデハタラケルヨー。サラリーイイヨー。」

とよく提案してくれたものだった。アグネス、元気かな。

その後、おじさんから質問攻めにあう。おじさんは私がHPを持っていることを突き止め、日本語だから読めないよって言ってるのに、

「いやー、でもいつかは英語にするんだろう?見るよ、見る見る。」

と言ってきかない。うーん、この強引さ。誰かを思い出すなー。HPの名前はなんて言うんだ?という質問に対して、

"Wandering Reports"

と恥ずかしげに答えると、いい名前じゃないか、なぁ?と後ろにいる奥さんに話しかける。

「彼女のHP、Traveling Reportsっつうんだってさ。どうだい?いい名前だよなぁ?」

ち、ちがうっ。Wandering Reportsだってばっ。

「あら、そっちのほうがずっといいわよ。いい名前じゃない。」

この、軽いノリ中身のない真の世間話。気軽で気さくで気分がいい。

私は店を後にして図書館に向かった。
図書館で、しばらく過ごした後、海岸沿いを散歩した。
Kaikouraの冷えた空気は、身を引き締める。ああ、寒い。そろそろ、バックパッカースに戻ろうかな。この時間だったら、既に暖炉に火が焚かれているかもしれない。

バックパッカースは既に暖かかった。
夕食に、オイルサーディンをにんにくと一緒に鍋で炒め、トマトの角切りを加えて少し温めてから、火を止めてパセリのみじん切りをたっぷり加えたものを調理した。ご飯にも合うし、カリカリのパンの上にのせて食べても美味しい。バックパッカースでは、それぞれの旅人が好き好きな料理を作る。美味しそうな料理を作ると、旅人からの注目の的となる。今夜は私がたった一人のアジア人。みんな、私がどんな料理をするのか興味深々だ。でも、ごめんねー。私、日本食とか作れないんだよーーー。しかし、彼らは私の料理を見て、レシピを聞いてきたり、美味しそうだと言ってくれる。ふふん、今夜のキッチン勝負は私の勝ちだ。(何が勝ちなんだ?)

夕飯の後、モルガンと暖炉の火の前で明け方まで話し込んだ。

マオリの文化の話、日本の文化の話、輪廻転生について、エドガー・ケイシーについて、その他、どれだけのトピックを話しただろうか。最後、私が部屋に戻ろうとするとき、モルガンが言った。

「失礼。」

彼は私の手を握り、目を見つめた。

「のりこ。君と出会えてよかった。友達として、抱きしめていいかい?」

モルガンのでかい体にすっぽりと包まれるように軽くハグされる。やっぱり、でかいなぁ。でも、こんな挨拶の仕方、本当は好きじゃないのに、モルガンなら大丈夫だ。だって、モルガンは本当に清らかなんだもの。

私達は固く再会の約束をして、別れた。

この次、私がKaikouraを再び通りすぎるとき、私は一体どんな思い出を抱えているんだろう。こんなふうな素敵な出会いがたくさんあるといいな。

(つづく)



14日 モルガン
 
私はTakaka Hillを越え、Nelsonを通過し、Blenheimへ到着した。
道路の脇に車を停めて、今夜の宿泊場所を考える。時計を見る。まだ3時前だ。

いける。

私はそう思った。Blenheimで一泊するのはやめて、この先のKaikouraという町まで行くことに決めた。2時間くらいで行けるだろう。私は右にウィンカーを出して、Blenheimを後にした。ルート1号に乗ってどんどん先に進むんだ。あの山の向こうには何があるんだ。

ぐんぐん車を走らせる。やがて景色は海沿いの景色へと変わった。左手に荒い波が寄せている、丸い入り江の向こうに、夕日に赤く照らされた大きな丘が見える。壮大な美しさに心を奪われ、そして、地球の長い歴史について思いをめぐらせる。力強く隆起したあの丘は、この島に人が移り住む前からあって、どの歴史のときにもあの丘は存在していたんだよなぁ。そう考えると、実に神秘的である。あの丘のふもとあたりがKaikouraかな。そろそろ日が暮れてきた。日が暮れる前に宿を決めたい。少し急がなくては。

ようやく到着したKaikouraは、Takakaを凌ぐ小さい町であった。
今夜の宿を考える。こんな小さな町では、冬季休業というところも少なくはない。前もってバックパッカースに電話するのはキライだが、もしもの場合を考えて、電話をかけてみた。

「ざんねーん!9月にまたオープンするから、また連絡してよー」

やけに気さくなおやじの声が受話器の向こうで響いていた。そうか、休業中か。でも、さっき通ったとおり沿いに、いくつかバックパッカースがあったぞ。ちょっとぐるっと回ってこよう。

私はグルグルと小さな町、Kaikouraを回り始めた。うーん、どれもイマイチ。おや、すごいきれいなバックパッカースがあるよ。これって本当にバックパッカースなのかな。きれいすぎるよ。その隣のバックパッカースは、いかにもバックパッカースという感じで、落ち着いた雰囲気だ。よし、ここに決めた。

車を停めて、中へ入る。
オフィスには、左耳にピアスをした体の大きなマオリ人が立っていた。

「今夜、部屋空いてますか?」

空いてますよ。何泊ですか?寝袋は持ってますか?
ずいぶん静かな話し方だ。少し、声のトーンも高い。もしかして、モ、モーホー

一泊13ドル。10ドルはデポジットとして加算されるから、23ドル渡さなくちゃいけない。ところが、財布を見たら20ドルしかない。ご、ごめん。Eftposは使えますか?え?ダメ?わかった。じゃあすぐに、キャッシュディスペンサーに行ってくるよ。

「あ、いいですいいです。7ドルをデポジットでもらうってことにして、合計20ドルでいいですよ。」

おー、なんて優しい。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えるね。

部屋へ荷物を運ぶ。ベッドの6個ある部屋は暖かく、清潔だ。しかも、今のところこの部屋には私一人しかいないようだ。さー、コーヒーでも飲んで、くつろごうっと。

ラウンジへ向かう。テレビコーナーでは、カウチに転がった数人の旅人達が、食い入るように映画を見ている。うーん、静かだ。私は大きなキッチンで一人、コーヒーを沸かし、暖炉の前へ腰をかけた。あとで夕飯を作ろうっと。ふと、外を見ると、先ほどのマオリの男性と2人の白人女性がベランダで話しをしている。彼らの口から真っ白な息があがっているのが見えた。寒そうだ。

私はベランダのドアを開けた。3人とも凍えそうに体を固くして、ベンチに座っている。私は彼らに軽く挨拶をして、そのまま通りすぎた。空を見上げる。う、うわーーーーっ。なんて星の数なんだ!一際輝く星が山頂ギリギリに見える。その上には、満点の星を散りばめた夜空が広がっていた。もう、どれが天の川なんだかわからないくらいの星空だ。

「きれい!すごいきれい!ね、きれいきれいきれい!」

私はこの感激を誰かに伝えたくて、3人に向かって叫んだ。

2人の白人は、「オーイェー」と言って、ぶるぶる震えながら部屋に入ってしまった。左耳にピアスをした、マオリの男性だけがそこへ居残り、同じように空を見上げて,「そうだね」と言ってくれた。彼の名はモルガン。彼は、Kaikouraの美しい朝、昼、夜の景色を説明してくれた。彼の話し方は、夢見るポエットと言った感じで、包み込むようなソフトさがある。

私達はラウンジに戻り、暖炉の前に腰をかけた。
マオリの人というのは、Native Americanにも似た文化や考え方を持っている。古い民族特有の神秘さがあるのだ。私はそういった古い民族の風習に敬意を感じるし、自分の国についても誇りを持っている。たまに、外国で出会う日本人の中に「日本なんかきらい。外国が一番いい。」という人に出会うが、私はそれに対して何も言えない。自分の国を好きになれない人が、他の国を好きになれるのだろうか?自分のことを愛せない人は、他の人も愛せないのと同じだよ。自分の国のことをそんなに知りもしないくせに、外国ばかり知ろうとしても、現実は見えてこないよ。

モルガンとそんな話をしている間に、話が日本の漢字や文化について発展していった。気がつくと、ラウンジのみんなはもう自室に戻ってしまったようだ。モルガンはラウンジの電気を消した。目の前に燃える火を見つめながら、私達は自分達の文化について、栄養について、読んだ本について話をしつづけた。モルガンは目をキラキラさせて聞いている。本当にきれいな目をした人だ。

「へい、のりこ。僕の部屋で話をしないか。」

普通だったら警戒するこんな誘いを、私は安心して受け入れた。
モルガンは蝋燭に灯りをともし、静かな音楽をかけた。モルガンが、カウチに腰をかけて、私を見つめた。

「のりこに見せたいものがあるんだ」

彼が手渡した、赤い日記帳。なんだろう?
ノートを開けると、そこにはポエムが書かれていた。それは非常に美しい詩で、人は何を求めて生きているのか、ということがめんめんと書かれていた。

「のりこの言っていることや、考えていること、やっていることは、本当にこの詩に書かれているとおりだ。君は真実を貫いて生きている。なんて美しいんだろう。」

新手の口説きか、とも思ったが、モルガンはそんな人ではなかった。モルガンは、清らかな人なのだ。

私はこのバックパッカースにもう一泊することにした。
モルガンは「2泊以上すると一泊10ドルになるから、あの20ドルだけで十分だよ。」と言ってくれた。ありがとう、モルガン。

私が眠い目をこすり始めたのが、明け方の4時半だった。もう、眠ることにするよ。そう言うと、モルガンは少し寂しそうな顔をしたが、時計を見て頷いた。

「のりこ。僕は今夜のことは忘れられそうにないよ。こんなふうに日本の文化を語られたことはなかったし、君の考え方や話してくれたことで、僕はどれだけ今までの疑問に答えを見つけたことだろう。」

あー、もー、モルガンったら、そんなに感激するのはまだ早くってよ。目が覚めたら、なんて安っぽい人間と話してしまったんだろうって後悔するかもしれないじゃない。

また明日も話をしようね。そういって私達はそれぞれの床についた。

明日はこのKaikouraで、何をしよう。

(つづく)



13日 TakakaのPUPU SPRINGS
 
居心地が良かったので、思いがけなく一週間もTakakaで過ごしてしまった。Takakaはとても小さな町だ。ある晩のこと、食べ過ぎて動けなくなった私は、町を散歩することにした。歩いていると、犬の散歩中の女性が我々を呼びとめた。

「あそこにいるグレーの猫ね、ここから2ブロック先に行ったところのお家の猫なの。ちょっと連れて行ってあげてくれない?」

どこの家がどの猫を飼っているのか、町中の人が知っているのだ。さすが小さな町。私は小さな町が好きだ。

そんなTakakaを去る時が来たようだ。どうしようもなく、次の風に向かって進みたい。
朝、いつもの時間に起きる。コーヒーを飲んでくつろぐ。あまりにもくつろいでいるので、ホストファーザーに「今日、旅立つんだったよね?」などと聞かれてしまう。ええ。今日はNelsonを通過して、Blenheimで一泊しようと思っています。

一週間かー。人様のお家にずいぶんお世話になったなぁ。
一週間も、という気はするが、一週間しかという気もする。一週間しか過ごしていないのに、Takakaは私にとって忘れられない場所になったし、お世話になったホストペアレンツのことも忘れられない。本当にありがとうございました

外はいいお天気だ。庭で記念撮影だ。本当に居心地が良くて、温かくて、ご飯の美味しいお家だった。こんな人達とずっと一緒に過ごしてきたなんて、カズ、本当に幸せだね。

最後にTakakaで一番のお気に入りである、PUPU SPRINGSへ寄ることにした。PUPU SPRINGSは世界一透明度の高いである。湖でもなければ、沼でもない。私は何度となくここへ足を運び、安らぎを覚えた。湿った森の匂いやせせらぎの音、鳥の声、きらめく水面。これほど小さく、密やかで、美しい景色を誰が作り上げたのだろうか。泉の中央では、涌き出る水が水面を揺らしている。

きらきらと眩しい水面は、私を飽きさせることがない。思いきり空気を吸う。冷たく湿った空気が、五臓六腑にしみわたる

いつまでも水面を見ているわけにはいかない。いつか必ずここへ再び戻ってこようと思う。持ってきた空のボトルを泉の水で満たす。ボトルを太陽にかざす。泉の水はどこまでも透明で、純粋だった。これを飲めば、私自身の汚れまで洗い流してくれるのではないだろうか

名残は惜しいが、泉を後にする。小さな森の遊歩道を抜けるとき、目の前に広がったあの光景を忘れることはできない。足元を見ながら歩いていたのだが、ふと顔をあげてみたら、白くて繊細な姿をしたたくさんの松の花が、朝露に濡れて輝いていたのだ。いいや、松の花だけではない。目の前のどの枝にも朝露が輝いていた。雫の一粒を指に取る。ああ、なんて小さな美しい世界。雫を覗き込むと、丸く歪んだ世界が見えた。小さな世界。私が旅をしているこの世界だって、水の玉に入ってしまうくらい、小さな世界なのかもしれない。

さよなら、PUPU SPRINGS、そしてTakaka。
また必ず訪れるから、どうかいつまでもそのままの姿でいてね。

カズに、ありがとう、といって、私はTakakaを後にした。

(つづく)



11日 カレー大会
 
ずいぶん長いことホストファミリーと一緒に暮らしていながら、未だにカズは彼らに日本食を料理してあげる機会がなかった。しかも、彼は、ことあるたびに「白い飯が食いてー」と言っていた。ホストマザーに遠慮して、自分で食事を作ることなど出来なかったらしい。日本から送られたカレールーを片手に、いつか作ってあげたいな、とカズはつぶやいた。

「それなら明日、カレー大会にしようよ。ハンバーグなんかも作って日本食を楽しんでもらおうよ。」

Takakaを出る前に、彼らには私なりに感謝がしたかったのだ。材料は揃ってるし、カズも日本食に飢えてるし、一石二鳥じゃん!!名案だーーーっ。

そうと決まれば話は早かった。夕飯の後、テレビを見ながらのんびりしているホストペアレンツに、私達の計画を伝えることにした。ほら、カズ、早く言ってよ。え?何?言えない?私!?まったくもーーーっ!どうしてそんなにいくじなしなのー?いいよ、私が言うよ。もうっ。

「あの...明日は私達が夕飯を作ってもいい?日本のカレーを食べてもらおうと思うの。」

二人はびっくりした様子だ。しかし、にこやかに「カレーは大好きなんだ」と受け入れてくれる。どんなカレーなの?何が入っているの?と楽しそうだ。私達もそんな彼らに向かって、日本のカレーについて説明をする。しかし、そこで、カズと私のレシピには大きな隔たりがあることが判明した。カズの家では、長ねぎをカレーに入れるというのだ。カレーには玉ねぎだろーーー。しかし、いつもは穏やかなカズもこればっかりは譲ってくれない。すると、ご主人がこう提案した。

「それぞれの家のレシピがあるならさ、カレー大会は2人が別々のカレーを作って、競い合えばいいじゃない。」

競い合う!?キラーン!私は勝ち負けって言ったら、とにかくなんでも勝ちが好きなんだよ。いいね、カレー大会。どっちが美味しいか、勝負しようじゃないの。しかし、ここでも私には大きなハンディがあった。カズは、日本のカレールーを持っているのだ。私にはない。...いいさ、カレーをルーから作ればいいんでしょう?簡単じゃん。小さい頃、お母さんが作ってたような気がするよ。あれを思い出せばいいんだよ。任せとけっつうの。

翌日、ホストマザーから材料を与えられ、さっそく調理に取りかかることにした。

今日のメニューは、カレー2種類、ハンバーグ、わかめスープ。実は、日本にいるまぶダチから"増えるわかめちゃん"のようなものが送られてきていたのだった。智ちゃん、ありがとう!カズはシャンタンのような中華スープの元を持っていた。そいつとわかめで即席の韓国スープの出来あがりだよ。へへへん。

炒めた玉ねぎとマッシュルームのみじん切りを加えた牛肉のミンチをハンバーグの形にする。形を整えるとき、ごま油を使うと風味がついて美味しくなることを記しておこう。ハンバーグのソースは、ハンバーグから出た肉汁(マッシュルームが入っているので、かなり水分が出る)に醤油で味付け、赤ワインがあったらそれを加える。仕上げに小麦粉でとろみをつけると、本物のソースみたいに見える

さー、どでかいハンバーグが何個も出来たよ。
カレーはどうかな。カレー。はっ...なんかカズの鍋では、既にいい匂いのするカレーがぐつぐつしていた。いいな、本物みたい。それに比べたら私のは...。

いい加減に作った私のカレー。いつまでたっても半人前のような煮え方だ。
私は肉を炒め、野菜を炒め、小麦粉を入れて、カレー粉も入れた。キッチンはカレーの匂いが充満している。カレー粉というのは、ベストな量というのがイマイチわからない。なんとなくビャッと鍋に入れては様子を見て、なんだかこのまま水を足すと水っぽくなりそうだから、更にカレー粉をビャッと入れる。うーん、カレー粉が目に染みる...。でもまだなんかカズのような感じになるのには、物足りないような気がするなぁ。もう一回。ビャッ。よし、どうだ。そろそろ水を入れよう。ジャーッ。うん、これでグツグツすれば、自動的にカレーになるんだ。よしよし、ビーフストックを加えよう。チキンストックも加えちゃえ。グツグツグツ、うん、いい感じじゃない?なんかカレーって感じがするよ。野菜も柔らかくなってきた。でもまだとろみが足りないな。やっぱりカレールーじゃないからな。本格的インドカレーになっちゃうんだよ。とろみを付けたいな。水溶き小麦粉を加えよう。あれ、まだベシャベシャだ。おかしいな。もう一回。あれ、小麦粉の塊がが浮いてる...。ヘンだな。よし、味見だよ、味見。味が美味しければいいんだ。スプーンにすくって、フーフーしながら飲んでみる。あちっ。やだなー、猫舌。人生の4分の1は損してるよなー。ぱくっ。うん、いいんじゃ...うっ...ううっ!!!か、辛いっ!!!辛すぎるっ!!!うおー、火が出てる、火が出てる、口から火が出てるーーー。私には見える、見えるよ!!うわー、なんでこんな辛いの作っちゃったんだーーー?まさに、もじもじしてしまう辛さだ。

その後、私はこの辛さを消す手段に躍り出た。
リビングでは、ホストファミリーがくつろぎ、我々の料理を心待ちにしている。私はそのリビングに飾られている、バナナと洋ナシを掴み取った。

「サラダを作るのかい?」

優しい微笑を浮かべたホストファザーが聞いてくる。いいえ。カレーにいれるんです。

「り、りんごの方がいいと思うよ。」

その声を背中に聞きながら、私はキッチンへと戻った。事態は深刻だ。こんなものを食べた人は、寿命が5年縮まるどころか、翌日は肛門がいちぢくのようになってしまうことであろう。

バナナ、洋ナシを入れる。バナナは成功だった。トロピカルな風味と甘味が残り、バナナの形は消えてしまう。しかし、洋ナシはダメだ。この果物は使い物にならない。味が出るだけ出ると、あとは出し殻みたいなナシの残骸がいつまでも鍋でプカプカしているのだ。ここはりんごにも手を出すしかなさそうだ。鍋にりんごを加える。まだまだ私のカレーは辛い。砂糖、砂糖だって入れたさ。でも、この辛さの前には、どんな甘さだって、一瞬にして干上がってしまうのさ。そういえば、小さい頃、「味付けを間違えちゃったらどうするの?」と母に聞いたら、「お酢を加えるのよ」と彼女が答えたことがあったな。確かそう言ってたよな。いやいや、きっとお酢を入れろって言ってんだ。きっとそうだよ。もういいよ、入れちゃえ、入れちゃえ。なんでも入れちゃえーーー

私はお酢を加えた。

カレーはしばらくお酢の匂いがしていた。カズが悲痛な顔をして私を見ている。
なんとなく...そう思おうと思えば、私のカレーもなんとなく食べられるような気がしてきた。とろみも出てきたような気がする。それどころか、煮こみ過ぎで他の野菜の姿が見えない。カレーがカレー汁になる前に、カレーを救わなくちゃいけない。もういいじゃないか。よくやったよ、私。もう強引にいくしかないよ。

「ディナーターイム!!!」

有無を言わさず、ディナータイム宣言をしてしまった。

私がぐちゃぐちゃ悪戦苦闘をしている間に、カズは見事な飾りのサラダを作っていた。すごい!男の人でこんなにきれいなサラダが作れるなんて、すごいよ!!皆にサラダを盛りつける。私は、このサラダが今夜の味覚のオアシスになることを確信していた。温め直したスープを出す。海藻など食べたこともないホストペアレンツが目を白黒させて食べている。カズはこのスープの味が気に入ったらしく、美味しい美味しいといって飲んでいた。ホストファザーもさすが海軍上がり。チャレンジャーだね。美味しい美味しいと言っている。

そして、ハンバーグ。これはアウトドア料理でも簡単に作れるし、美味しいから何度も作ってるんだけど、うん、自分で食べても美味しいよ。カレーをつけて食べても美味しいかもね。カズのカレーを、ね。みんなも、こんな形のミンチは食べたことがないといって喜んで食べている。いいじゃない。好評だよ。

さー、今夜のメイン、カレー!!カレーだよ!!!
神様、どうか私のカレーを食べて、誰か死んだりしませんように...

私は迷わずカズのカレーを食べた。
美味しい...。日本のカレーだよ。美味しいよーーーーっ。日本の米(オーストラリア産)も上手に炊けたし、うーん、美味しいよーーーっ!!!しかし、そんな私を尻目に、彼らは着々と私のカレーを食べようと皿に盛っている。ああああ、やめたほうがいいよぅ。そんなによそらないほうがいいよぅ。チャレンジャーのホストファザーがスプーンを口に運ぶ。続いてホストマザーが。ああ、あなた方の命もここまでよ

「美味しいよ、のりこさん。あんなに悩んでたから、どんな味がするのかと思ったけど、辛くて美味しい。」

知らない間に、私のカレーを食べていた、辛党のカズが言ってくれる。優しいなぁ。
ホストペアレンツも美味しいといって、汗をかきながら食べてくれている...。う、嬉しい...。でも、私には食べられない。こっそり、カズのカレーと私のカレーを混ぜて食べてしまう。だって、辛いんだもーん。

私以外みんな超辛党だったという、ラッキーな状況のおかげで、勝負は引き分け、ということになった。

でも、私は知っている。カズのカレーのほうがずっとずっとずっとずっと美味しかったことを。そして、今夜は、みんなにとって特別な夜になったということも。
日曜日だというのに、ワインが出て来たこと。ワイングラスもいつもより上等なものだったこと。いつもは6時には夕食だったのに、今夜は8時になってしまったこと。

カズにとっても、ホストファミリーにとっても、いい思い出になっているといいな。
私なりの感謝の気持ち、ちゃんと伝わっただろうか。

その後、ホストペアレンツが寝てしまった後、私達は暖炉の前でビールを飲みながら、明け方まで話したのだった。

(つづく)

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