オフミ報告 in New Zealand



 
ホストファミリーとの対面

起きざまに父が言った。

「夜中にね、誰かがゴツンって頭を叩く夢を見たよ。

母が影でほくそえんでいた。母は力の加減というものを知らない。私が幼かった頃のことであった。母が父の口の悪い冗談を戒めるために、「もうっ、お父さんったら!」と父の耳たぶを引っ張った。「イタタッ!」 顔は笑っていたが、父は相当痛かったらしい。こっそりとティッシュを耳に当てがうと、なんと、流血していたことが判明したのであった。耳たぶがちぎれるまで耳を引っ張るとは...母、恐るべし。

今日はホストファミリーのお家でディナーを食べるのだ。招かれた私達は、一路Whangareiまで出発する予定になっていた。AucklandからWhangareiまで、約2時間〜3時間。途中で、眺めのよいビーチなどで休憩を取りつつ、進む予定であった。ちなみに、私の家は駅から異様に近いので両親は車というものに乗りなれていない。それどころか、彼らは車の免許すら持っていない。いつも電車、あるいはタクシーだ。父は長年電車を愛用しているので、各路線に詳しい。あおきくん(電車マニアとして私の勤めていた会社では有名)も真っ青だ。そんな両親なので、走り初めて数十分。既に車に飽きてきた父。私は運転中はあまり喋らない。一人で運転することが多かったので、話す癖がついていないのだ。唐突に父が言った。

「この音楽は、スマップかい?」

...玉置浩二だよ。しかもスマップの最後には、スはいらないよ。

「ダズンってよく言うけど、ダズンってダズンって使うのか?」

...何言ってるの?
どうやら父は、ホストファミリーとの対面で鮮やかに英語で挨拶する自分をイメージしているようであった。しかも、父が聞いているのは、

"----, Doesn't it?" (−−−−ですよね?)

という、究めて場合によって変化していく英語のことであって、更に言わせてもらえば、英語の話せない父が到底使う可能性はないものである。

しかし、質問するのにも飽きたのか、父はいびきをかいてぐったりと眠り込んでしまった。バックミラーで母の様子をうかがう。無言でパッチリと目を開けている。ひー、こわいよー。

ほどなくWhangareiに着く。町のカフェで軽い食事を済ませ、私が通っていた学校を見学したり、町でウィンドウショッピングをしたりして、時間を過ごす。しかし、ロングドライブに慣れていない両親は、疲れているようだ。ホテルに戻って一休みすることにした。私はPCを立ち上げ、メールのチェックだ。父はベッドに大の字になり、いびきをかいている。母は...荷物を出したりしまったり、立ち歩いたり座ったりと落ち着きがない。これは、ホストファミリーと対面するのに緊張しているからではなく、もともとせっかちな性格なのが起因している。我々が出るまでにあと15分はかかるであろう、というときでも、既に支度が出来あがって、ドアの前で荷物をもって立っている。のんびり屋の父や私にはこの無言のプレッシャーがキツイ。しかし、この旅行でわかったのだが、父は私よりも若干せっかちだったのだ。夫婦は長年連れ添えば似てしまうものなのか、と痛感させられた。私はせっかちな人を伴侶には選ぶまい

町からホストファミリーまでは、車で約20分。牧場の間をまっすぐにのびる道を軽快に運転していく。お父さん、お母さん、私はこんなに美しい景色の元で暮らしています。低く連なる丘は鮮やかな緑でおおわれている。短い草を食べつづける牛達は、のどかさと平和さを強調するかのようだ。青い空は、徐々に日暮れに向かっていた。暖かかった空気も、少しひんやりしてきた。

いつもの砂利道をあがっていく。丘の上にはマイクとリンダの家が見える。
窓から私の車を見ていた二人が、ガレージへと下りてきた。父が右手を差し出し、「ナイストゥーミーチュウ!」と力強く挨拶する。母は頭をゆっくりと下げながら、「いつも娘がお世話になっております」とバカ丁寧に挨拶する。母よ。あなたがこれほどまでマイペースだったとは、今まで娘の私も気がつきませんでした。

互いに自己紹介をした後、我々は土産品の説明をしたり、コーヒーを飲んだり、近所の牧場まで牛を見たりして夕食の時間まで時を過ごした。驚いたことに、すべての英単語を忘れたと言っていた父が、会話の途中で時折英単語を混ぜ始めた。マイクが「彼の言っていることがわかる!」と感激しまくっている。ここへ来て緊張感と危機感が抜けきっていた父であったが、ホストファミリーと対面することで、アドレナリンが放出されたのか、何かが違っていた。彼の中で何かが起こっている!流暢ではないが、英語を操る父は、まるで私の知らない人のようであった。しかし、彼のアドレナリン効果は、豊かな自然によるα波に負けてしまった。ホストファミリーと対面する直前、私は父に、くれぐれもマナー違反はしないようにと言い伝えておいたのだ。音を立てて食べてはいけない、飲んでもいけない。お茶を口に入れてくちゅくちゅするな。シーシーするな。その他いろいろ。

後日、母から言われて知ったのだが、父はコーヒーを飲むとき、思わずズズズーとやってしまったらしい。私は気がつかなかった。更に、彼は自分の音に驚いて、「どうしよう」という視線を母に投げかけたらしい。

更に後日、マイクから、「きみのお父さんは面白いよ。音を立てて飲んで、やっちまった!って顔をしていたもの。」といわれた。お父さん、先方はちゃんと気がついていたようです

ディナーには私の大好きな野菜スープとローストビーフ、そしてグレイビー。付け合わせにはマッシュポテトやサツマイモ、にんじんの塩茹で。両親にはぜひニュージーランドの伝統料理を味わってもらいたかったので、前もってリンダに注文しておいたのだ。日本人の生徒さんには、ここの伝統料理はまずいっていう人もいるけど、私はこの素朴なNZ料理が好きだな。だって、野菜は美味しいし、美味しい野菜だったら塩茹でにして食べたほうが美味しいもの。アウトドア思考の私にはぴったりの料理なのである。ほら、よくおばあさんが、畑からきゅうりをもぎ取って、塩をつけて食べたもんだって話を聞かなかった?あれって私の憧れなんだな。だから、野菜の丸ごと塩茹でなんていうと、それを思い出してしまう。栄養って気がするし。栄養ってなんかカッコイイじゃん。

KIWIディナーには両親も満足したようだった。よかった。まぁ、昆虫とかが出てくるような突飛な食生活じゃないからね。ディナーの後は、私の出場した歌の発表会のビデオを見てもらい、その後は満点の星が輝く夜空を堪能してもらった。お互い言葉が通じ合わなくても、心は通じ合ったようだ。ことに、マイクは今まで気にもとめなかった日本の文化に興味を持ったようだった。

楽しい一時は瞬く間に過ぎ、我々はホテルに戻った。
私は普段食べないデザートまで食べさせられて、腹が破裂しそうだったのにも関わらず、部屋に着くなり母が「お腹が空いた」とつぶやいた。なんでも、緊張のあまりあまり食べれなかったのだとか。おいおい、お姉ちゃんの結婚式でもバクついてたくせに

翌日は、Whangareiよりも更に北に位置するPaihiaという海岸に行く予定であった。
明日も早起きだ。
 
 

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