September in U.S.A.(後編)

9月(後編)

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30日 アメリカ南部の熱海に着いた
 
やっと到着した。東の目的地、ホットスプリングス(Hot Springs)。東とは言え、ここはアメリカ南部にあたる、アーカンソー州だ。私はここで、思いっきり温泉に浸かるつもりだった。私はお風呂が大好きなのだ。シャワーだけの生活なんて、欲求不満がたまるだけ!

ここは、かつてのリゾート地という感が否めない。豪勢な造りのホテルは古くて立派だけど、どこか寂れた雰囲気が漂っていた。誰も入らなさそうなお土産屋さんに、一流っぽい門構えの胡散臭いレストラン。うーん、どこもかしこも高級ホテルばっかり。しかし、ここはちょっと奮発してでも高級ホテルに宿泊して、アメリカの伝統的なバススタイルを体験してみたい。

そう。ホットスプリングスには、伝統的なバススタイルとして、ちょっと特殊なお風呂の入り方があるのだ。ただし、このスタイルでお風呂には入れるのは、極限られた高級ホテルだけ。他のところでは、温泉は入れたとしても、アメリカの伝統的なスタイルで、というわけにはいかない。

迷った挙句、私はアーリンホテル(Arling Hotel)に宿泊することに決めた。チェックインを済ませた後、車を離れた駐車場へ移動させた。バレッタ式の駐車場もあったのだけど、そこまで贅沢するわけにはいかない。

駐車場は人気がなかった。けっこう車で埋まっていたが、それでも隅のスペースがまだ空いていた。輪留め付近に膝下くらいの高さのブロックが突き出ているので、皆それを嫌って駐車しなかったようだ。車から降りると、自分の足音がだだっ広い空間に響き渡った。絶対、夜に車は出せないな。

ホテルまで歩いて戻る。それにしても、人の少ない観光地だ。若い子供のようなカップルと、老夫婦ばかりが目に入る。おや、仲良し中年女性グループもいるようだぞ。まるで日本の熱海と同じ客層だなぁ。かつては、温泉療養の人で賑わっていたんだろう。あちこちに建設されていたバスハウスも、今ではほとんどが閉鎖となり、その姿を記念館として変えている。

とは言うものの、クリントンがアメリカ大統領として就任してから、この寂れた温泉街に再び人が訪れるようになったという。というのは、クリントン大統領は、ここアーカンソー州ホットスプリングス出身だからだ。クリントンが南部出身だったのは、ちょっと意外だったな。

今まで、映画やテレビでも、"南部"って言葉をよく聞いてはいたけど、北部や中部と具体的にどこが違うのかは知らなかった。南部といえば、奴隷制度にいつまでもずるずるとしがみついていた地方、というのが私の印象だ。なんといっても、南北戦争で奴隷制度の廃止に反対していた方だったもんね。それだけに、南部では黒人文化と西洋文化が融合されている。料理はスパイシーなものが多く、ジャズ発祥の地は南部だった。

南部は、私の知っているアメリカとはずいぶん違っていた。

まず、ショックだったのは、彼らの言葉だった。彼らは英語を話していた。私もそこそこ英語はわかると自負していた。ところが、南部の人と話すと、とたんに英語がわからなくなってしまう。彼らの英語は非常に不明瞭で、聞き取りにくかった。私は、自分の英語の実力のなさに呆然とした。ここはアメリカなんだぞ。イギリスのマイフェアじゃないんだぞ。なんでイキナリ英語がわからなくなるんだよー。

次にショックだったのは、あからさまな差別だった。その時私は、フロントの黒人スタッフに、近所のレストランの情報を聞いてみようと思ったのだった。すると、黒人スタッフは、あごを差し出し、「あそこにブローシャがあるだろう」とぞんざいな態度で言い放ったのだった。しかし、私の後ろに立っていた白人客には、「お客様は、いかがいたしましたか?」とそれはそれは丁寧に聞くのである。私が彼の目の前に立っていたとしても、彼には私が映っていない。彼のお客様は、あくまでも私の背後に立つ白人の客なのだ。

それで、ある話を思い出した。ニュージーランドで知り合った、南アフリカから移民してきた白人の英語教師から聞いた話だ。

彼女がまだ子供の頃だった。その日彼女は、おつかいで町に出かけた。家に戻り、おやつを食べていると、母親から「町はどうだった?人はたくさんいた?」と聞かれた。彼女は、首を振った。「うううん、町にははいなかったわよ。」

実際、彼女は町で、たくさんの黒人をかき分けて歩いてきたのだった。いっぱいいすぎて、歩くのもたいへんだった。だけど、彼女は母親の質問に「町に人はいなかった」と答えたのだ。

それはそうだ。当時、彼女は黒人が人であることを知らなかったのだから。

やがて彼女は大人になり、社会の間違いに気がつき始めた。大学では、学生運動に参加した。それだけでは社会を変えることは出来ないとわかったとき、彼女はニュージーランドに移民した。(後に南アフリカは、人種差別を国家的になくした。)

人間の歴史の、黒い染みのひとつだ。いくら間違いに気がついたとしても、その染みを洗い流すことは出来ない。それらの染みから、我々は学んだはずだった。人としての尊厳を。それなのに、目の前の黒人は、それを忘れているようだった。白人も黒人もアジア人も貧乏人もお金持ちも、みんな、宇宙の元には皆平等に人間であることを、忘れているようだった。

鞭で叩かれ、麦を耕す道具とまで言われた人々が、人としての権利を手に入れた後に学んだものとはなんだったんだろう。それは、自分達以下の人間を見つけることだったのか?白人と同じようになることだったのか?

古きアメリカの名残を見せる南部。もちろん、ほんとはそうじゃない人もいるよね。私は、南部と言われる部分の、ほんの一部しか見ていないんだもの。

フロントでは、ほんのちょっと失望したけれど、私はめげてはいなかった。夕飯までにはまだ時間があったので、ホテル内にあるバスハウスを見学しに行くことにした。エレベーターを降りて、ほんの少し階段を上がると、バスハウスの受付があった。私は階段を駆け上がった。その足音を聞いていたからなのか、それともバスハウスに閑古鳥が鳴いていたからだったのか。

階段を上りきった私を待ちうけるのは、満面の笑みをたたえた、バスハウスのスタッフ達だった。

いらっしゃーーーーいっ!!!

うわー、見学しに来ただけだったのに、こんなに歓迎されてしまったーっ。
私は、今夜はただの見学であることを説明し、時間と金額を確認すると、明日また来ると言ってその場を去った。そのとき、背後から、

「じゃーねーん。また来てねーん♪」

「SAYONARAーーー♪」

「また来てねーーー♪」

などと、にぎやかに声をかけられた。この人懐こさは、南部だからなのか、アメリカ人だからなのか、ここがホットスプリングスだからなのか、さっぱり見当がつかなかった。

明日はついに、ホットスプリングスの特異なバス体験だ!私はウキウキしながら、自室に戻った。

(つづく)



29日踏んだり蹴ったり?いや、そうでもない
 
テキサスはとにかく平らだった。アマリロ(Amarillo)では、32oz(約900g)のステーキの看板ばかりが目に付いた。どのビルの屋上にも、でかいステーキを謳った看板が設置してあった。やっぱり、テキサスといったら、ステーキなんだなー。でも、今はそのアマリロも西の彼方だ。今日は、テキサスを抜けて、オクラホマ州に突入するのだ。

殺風景で何もない景色。まっ平な牧場は、一面が枯草色だ。昨日は、大寒波がきているとかで、無茶苦茶寒かった。真っ赤なかわいいマーキュリー。私のハニー三世は、どうもヒーターの効きが悪い。今日は天気が良くてよかった。窓ガラスから刺す陽射しが暖かい。

流れる景色は牧場ばかり。牧場には、時折うす紫色の小さな花が咲いているのが見えた。広くて、平らで、空が大きい、ここはテキサス。ホントになんにもない所なんだなー。遠くまで見渡せる。あ、地平線って、丸いんだ。何もないから、360度地平線だ。

相変わらず高速道路では、トラックを追い越す時に、「ププッ」とクラクションを鳴らされる。あー、長閑な午後だなー。道はまっすぐ、上りもしない下りもしない、景色は殺風景だし、あーあ、今日はどこまで行けるかな。そろそろ3時だ。次の町は...、ヘンリエッタ(Henryetta)か。よし、今夜はそこに宿泊しよう。

ほんの小さな間違いが、大きな間違いに発展することがある。
皆さんにも、そんな経験はあるだろうか。

私は、Exit237を目指していた。宿泊しようと思っているモーテルは、そのすぐそばにあるはずだった。周囲がだだっぴろい空間ばかりなので、背の高いモーテルの看板が遠くからも見える。私は、高速道路降り口に間違いがないことを確認して、ウィンカーを右に出した。それにしても、なーんにもないから、看板がよく見えてわかりやすいなー...などと感心している場合ではなかった

看板に気を取られた私は、高速道路降り口の道と一般道が交差する一時停止を見損ねた。そのまま私は一般道を突き抜け、再び高速道路に乗ってしまったのだ。バックミラーには、運転席であんぐりと口を開けた運転手が映っていた。

さー、困った。また高速道路に乗っちゃったぞ。それにしても、一時停止を無視したとき、横から車が来なくてよかった。本当にラッキーだったな。自分のしたことながら、空恐ろしい思いだった。うーっ、今度から絶対に気をつけなくちゃ

仕方がないので、次の降り口で降りてUターンをすることにした。まったくもう、などと悪態をつきながら、次の降り口でウィンカーを出す。あれ、降り口が二手に分かれてる。左の道路は、一部工事中だった。(でもちゃんと通り抜け出来る)心理的に、私は道幅の広い、右側の道を選んだ。

道はくるりと右へとピンカーブしていた。そのまま私は、それは見事にきれいに整備されている高速道路へと乗ってしまった。標識には『有料道路』と書いてある。(注:アメリカの高速道路はほとんどが無料です。)な、なんだ、これは?ひょっとして、あれって降り口じゃなくて、別の高速道路への連絡路だったの???有料道路って、どこまで続く有料道路なの?地図に載ってる?地図、地図、地図...!助手席をまさぐるが、地図が出てこない。あ、あった!で、でも全米マップじゃ、こんな小さな町の有料道路なんて載ってるわけないよぅ。どうしよう。

他のことに気を取られて、アクセルを踏む足が緩んだのだろうか。後ろからトラックに煽られてしまった。ブッブーーーッ!今度こそ敵意のあるクラクションを浴びせられる。くやしい...あんな、うすのろ大型トラックに追い越されるとは...。

ここで、いつもの私なら、ブンッとアクセルを踏み込み、あっと言うまにトラックを追い抜くはずである。ところが、ふとメーターパネルを見ると、ガソリン切れの警告ランプが点いているではないか。おい、これじゃあ、トラックを追い抜けないじゃないの!それどころか、こんなところでガス欠なんてごめんだよ。ああ、ここから一番近いガソリンスタンドはどこなんだろう。そもそも、ここはどこなんだ?太陽は右側に傾いている。ということは、私は南へ向かっているわけだ。どこまで走れば、一番最初の降り口があるのかもわからない。うーむ、よし、ここは、『必殺!超省エネモード』に切り替えるしかあるまい。なに、ただ、エンジンをあまりふかさずに運転するだけなんだけどさ。

のんびり走っていると、この辺りの景色の美しさに心を奪われた。なんと、美しい景色だろう!高速道路沿いに、それほど大きくない川が流れている。そこには、カナディアンリバーと書かれた看板が立てられていた。川沿いには白い霞草が一面に咲き乱れ、ところどころに見える、小さな青い花や黄色い花が、まるで気の利いたアクセントのようだ。川には朽ちた流木が倒れ、水面には緑の木々の陰が映っている。

まるで、一枚の美しい写真のような光景だった。それは、ポートレートのように静かだ。

遠くの方に、ガソリンスタンドが見えてきた。さすがに有料道路だと、高速道路を降りなくてもガソリンスタンドがあるんだなぁ。などと感心している場合ではない。その向こうに見えるのは、料金所じゃないか?なんで、払う必要もない高速料金なんか払わなくちゃいけないんだーーー。それに、反対車線にだって、こっそり行けばバレなさそうだよ。バックレちゃおうかなー。はっ!あそこに見えるのは、ポ、ポリスじゃないですかっ!!!いえいえ、私は善良なただの旅行者です。はい。ちゃんと料金も払います。今、考えたことは全部冗談です。

私の動揺を知ってか知らずか、おまわりさん達は、ガソリンスタンドに車を停めて、店内でゆっくりとコーヒーなどを飲んでいる。

ふー。気持ちを落ち着かせて、ガソリンスタンドで給油する。どうもおまわりさんというだけで、条件反射で動揺してしまうな。何も悪いことなんかしていないのに。おし、ガソリン満タン。給油口からノズルを外し、クレジットカードで支払いを済ませる。ぎょっ、一般道にあるガソリンよりも2割ほど高い。なんだよーっ!高速料金まで払わされる上に、ガソリン代まで高いのかーーーっ!!!

まぁ、いい。ガソリンは満タンになったし、料金所があるってことは、そこからUターンだって出来るってことだ。料金所の人に道を尋ねたら、もっといい行き方を教えてくれるかもしれない。私は一抹の望みを抱いて、料金所に向かった。

料金所のおばさんが、無表情に手を差し出す。私は料金を支払いながら、ヘンリエッタまでの行き方を尋ねた。

「反対方向よ。反対車線の高速に乗りなおしてちょうだい。」

え、それしか方法はないの?

「そうよ。このまま降りると、道路があるから、それをまっすぐに行けば、反対車線よ。」

そうか。他に手はないのか。仕方がない。おばさん、どうもありがとう。
私は手を挙げて、おばさんの言われたままに車を走らせた。ほどなく、私は小さな交差点にぶちあたった。おばさん、まっすぐって言ってたな。まっすぐ行こう。あれ、道が二手に...。わからないから、右へ行こう。くるりと道路がカーブしている。あれ、なんかへん。このガソリンスタンドはさっきも見た気がする。間もなく料金所が見えてくる。何やらやばい感じ。もしかして...?

案の定、さっきと同じおばさんが無表情に手を差し出した。
おずおずと札を手渡す私。そのとき、おばさんが私の顔を見た。

オーマイガーッ...」

あんぐりと口を開ける。ごめんなさい。道を間違えちゃったみたいなの。

おばさんは、札を受け取るために差し出した手を、迷ったようにぷるぷると振るわせ、ううううーんと考えあぐねた挙句、

「もうっ!行きなさいっ!」

お金を受け取らずに、私を通してくれた。あ、ありがとう...。危うく私は高速料金を3度払うところでした...。

今度こそ道を間違えないように、しっかりと運転をして、ようやく反対車線の入り口にたどり着いた。もちろん、ここにも料金所がある。この道路を通るには、どうしたって料金を払わなくちゃいけないのだ。最初に払うか、後に払うかってことだね。

今度こそ間違っていないよね。自分でも自信がない。...よかった、今度のおばさんは、さっきのおばさんじゃない。おばさんは無線機で誰かとお話をしながら、私を見た。

「ええ、その子なら、今ここに来たわよ。」

え?私?

無線を切ると、おばさんは私のお金を受け取りながら、こう言った。

「ヘンリエッタに行くには、最初の降り口で降りるのよ。わかった?」

さっきのおばさんが、このおばさんに無線で私のことを知らせてくれたのだ。よっぽど、心もとなく見えたんだろうなぁ。そうだよなぁ。同じ料金所を二回も通ったんだもんなぁ。

ありがとう!と手を挙げて、私は車を走らせた。西の空が、既に色づき始めていた。

私が無事にモーテルへ到着する頃には、もう夕食の時間に近かった。トランクから荷物を運ぶ時、冷たくなり始めた空気を胸一杯に吸った。濡れた草の匂いがした。小さな頃、遊びくれて帰ったときの、夕飯の匂いもした。子供の頃を思い出す。夏の夕暮れ、遊び過ぎで時間が遅くなっちゃって、寺の鐘を聞きながら、よく走って帰ったよなぁ。

耳を澄ますと、虫の声が聞こえた。
時間も場所も超えて、あの頃と同じ空間がここにあった。

ここは、オクラホマ州ヘンリエッタ。私は今年、29歳。ずいぶん遠くまで来たもんです。

(つづく)



28日 再び会う約束のために
 
プエブロの帰り道、私達は夕食の買い物を済ませて、ユースホステルへの道を再びドライブした。牧場とその向こうに見える山は、本当に素朴な風景だった。いたく感動する私を見て、みほちゃんがその景色を私のカメラで撮影してあげると申し出てくれた。私は、みほちゃんにカメラを渡すと、窓を開けた。車の中に、冷たい風がびゅーびゅーと音を立てて入ってくる。さぁ、みほちゃん、今がチャンス!撮って!!あの山のてっぺんの、黄色い部分もちゃんと入れてね!

わかりましたぁ!まかせてくださいぃっ!

みほちゃんは言われるがままに、ばしゃばしゃとシャッターを押してくれた。車を止めて撮影をすればいいんだけど、後ろから車が来ていて停められない状況なのだ。しばらくすると、私達は窓からゴウゴウと入ってくる風にすっかり冷え込んでしまった。窓を閉める。うー、風がさえぎられてるって、あたたかいことなんだなー。みほちゃん、寒い風に当たりながら撮影してくれて、本当にありがとう。きっと写真は上手に撮れてるよ。ありがとう。

夕飯は、私が料理した。豚肉を中華醤油とハッカクで甘辛く煮たものと、トマトとオイルサーディンとパセリの炒め物、そしてご飯だった。簡単で、安上がりで、栄養満点のこの料理は、幸運にもタクヤとみほちゃんにウケまくった。鍋から豚肉を取り出すときには、ハッカクの姿を発見し、

「あ!ヒトデみたいなのが入ってる!!

と、おおはしゃぎ。ああ、作った甲斐があったってもんだよ。

お腹いっぱいに食べた後は、中庭で星空を眺めた。周囲に少しも明かりがないので、星が気持ち悪いほどよく見える。南半球とは違う星空だ。ニュージーランドでは、くっきり見えた天の川だけど、ここのはどれが天の川かわからない。とにかく、一面に星があるのだ。星空に向かって、息をかけると白い煙が上がった。うー、もうこんなに寒くなったんだなぁ。ついこの間までは、夏だったのにな

「次は、どこに行くンスか?」

指先を震わせてタバコの煙を吐きながら、タクヤが尋ねる。
東だよ、東。とにかくアーカンソー州の温泉街に突き当たるまでは、東に進みつづけるよ。そしたら、今度は北に行くの。ウィスコンシンを目指してね。で、タクヤはこの後どうするの?

「3日後に行われる、タオスプエブロの祭りまではここにいます。」

ああ、みほちゃんもそれに出たいって言ってたね。いつの間にかみほちゃんはいなくなっていた。この寒さが堪えられなかったのか。そうか、じゃあ、私がいなくなってもしばらくは二人は一緒なんだね。私の後、みほちゃんと一緒にあのキャビンに入る?

「お、おれ...、そんな...女の子と二人きりの部屋なんて.....我慢できないッス!!

...あんたは母屋の相部屋でたこ寝しているがいいよ。うん。

翌朝、私はみほちゃんの声に起こされた。

「nonさん、nonさん、朝ですよー。」

珍しく、ぱっちりと目が覚めた。今日は旅立ちの日だ。寝坊するといけないので、みほちゃんに起こしてもらうよう、お願いしておいたのだ。だいたい私は寝起きが悪い。自分一人ではまず起きられない。人に起こしてもらうと、そのプレッシャーで起きられるのだ。それでも、いつもは一発じゃ起きられない。今日は奇跡の目覚めだ。みほちゃんのおかげかな。あはは。

まだお日様は東寄りにいる。中庭の初々しい光の中で、あちこちの草に置かれた朝露が輝いていた。冷たい空気と暖かい陽射し。歯を磨きながら、私は空を仰いだ。今日は調理が出来る最後のチャンスかもしれない。朝ご飯はいらないけど、お弁当を作っていこう。

キッチンでお弁当を作るのを、タクヤとみほちゃんに手伝ってもらう。そのお礼に、彼らにもお弁当を分けてあげた。中華チキンブイヨンとシーチキンで炊き込んだ簡単炊き込みご飯だ。脂っこくてお腹にたまる。ちょっと(ホントはかなり)固めに炊けちゃったけど、気にしない気にしない。一口味見したタクヤの顔が、一瞬にして表情がなくなったけど、関係ない関係ない。さー、お弁当も出来あがったし、荷物を車に移動しよう。

私は次々と荷物を車に積んでいった。一番やっかいな荷物は寝袋だ。みほちゃんとタクヤは、私が寝袋をたたむのを、黙ってじっと見つめていた。

中庭では、ユースホステルのスタッフが日曜大工の真似事をし始めた。さぁ、私もそろそろ出発しなくちゃ。

「nonさん、必ずまた会しましょう。」

みほちゃんが手を出した。本当に、また会おう。ちゃんと連絡ちょうだいね。私はこれからも旅を続けるけれど、どこにいても、メールは見ているから、メールちょうだい。

私が車に乗り込もうとした時だった。

「あ、あの、僕もそこまで乗せてってください!」

タクヤが声をかけた。いいよいいよ、どこまでだか知らないけど。
タクヤが助手席に座る。シートベルトを締める。よし、準備おっけー。出発するよ。

運転席の窓を開けた。みほちゃんが手を振る。日曜大工をしていたスタッフも駐車場に現れて、一緒になって手を振っている。さよなら、みほちゃん。私達、必ずまた会えるから、さよならは一時のことだね。いつかまた会えるときまで、さよなら、みほちゃん。

私はププッとクラクションを鳴らして、ユースホステルを後にした。

長閑な並木道を走りながら、タクヤと束の間のおしゃべりを楽しんだ。それにしても、どこまで行きたいの?町まで行ってもいいけど、帰りはどうするの?

「町まで行くと、さすがに帰れなくなるのが心配だなぁ。どっかで降りて、ヒッチハイクで帰ります。」

万が一のために、歩いても帰れる場所をタクヤは選んだ。そこは、右も左も牧場しかない場所だった。町まで歩いて半日、ユースまでは歩いて3時間はかかるだろうか。

「大丈夫ッス。疲れたらヒッチハイクで帰りますから。」

おねえさんはなんか心配だよ。いい?ボロボロの車に乗った、30代の男性の車に乗ってはいけないよ。この辺じゃ新品の車に乗っている人なんてあんましいないだろうから、とにかく、ピックアップトラックを見つけるんだよ。運転手はうんと歳をとったおじいさんね。わかった?ヒッチハイクは危ないんだからね。気をつけるんだよ。おじいさんの運転手だよ!おじいさんの方が、タクヤを拾ってくれないかもしれないけどさ...。

「平気ッス!なんとかなるでしょう。」

そう。旅人には、そういった"お気楽精神"が必要なんだよね。でもさ、お気楽が超えると、ただの世間知らずになっちゃうんだから、本当に慎重にね。気をつけて。日本に帰ったら、連絡ちょうだいね。ちゃんと生きているかどうかが知りたいから。

再三私は言って、その場を去った。
バックミラーでは、あらためて辺りを見渡し、途方に暮れているタクヤの姿が小さくなっていくのが映っていた。

再び会うために、今別れる。私は、出会ったあなた達を決して忘れないから、また会える。時折、通過点のような出会いがある。けれど、再び会うことが出来たなら、点と点は線になる。また会うために、忘れません。

旅人は、人を通りすぎていく。到着と出発の間にある出会いには、熱に浮かされた不確実な約束ばかりが残る。あんなにはっきりと彼らの顔を思い出せるのに、彼らは依然として、通過点のままなのだ。

私は繋ぎ止めておきたい。絡んだ縁をすべて自分に巻きつけておきたい。
だから、私は、忘れない。再び会うことを、忘れない。

私は、再び東を目指す旅に出た。

(つづく)



27日 受け継がれていくもの
 
私達は町に向かって走っていた。静かに紅葉していく木々が立ち並ぶ、小さな道路。だだっ広い牧場の向こうには、緑のビロードで覆われた山々が連なる。穏やかな曲線の頂上が、黄色く色づいていた。あれは、紅葉なんだろうか?それともお花畑なんだろうか?午前の光に、空が高い。ああ、こんなアメリカが見たかったんだ。こんなふうに、田舎の何気ない美しさと素朴さをかね揃えたアメリカが見たかったんだ。長いこと砂漠ばかりを見てきた私にとって、タオスの景色は心洗われる景色だった。

私達は、町の手前の小さなカフェで朝食を取ることにした。こういった町のカフェでは、たいていが4ドルか5ドルほどで、アメリカ古きよき時代の朝食が食べられる。脂っこくて、ものすごく体に悪そうだけれど、私はアメリカの朝食が好きだ。

みほちゃんもタクヤも私も、ほぼ同じような内容の朝食を注文する。卵2つに、ハッシュポテト、トースト2枚、そしてコーヒーだ。私は卵といえば、両面焼きの目玉焼きが好き。残念なことに、アメリカの卵はニュージーランドのものほど美味しくない。ついでに言えば、アメリカの牛乳も美味しくない。スーパーで売られているほとんどの牛乳が、脂肪を完全にカットしたものだ。見た目はカルピスのように薄い色。そんなの牛乳じゃない。しかしこれが、極端に健康マニアな道に走り始めた、アメリカの食生活の現状なのだ。ああ、ニュージーランドの美味しいベーコンや卵や牛乳が懐かしいなぁ。私は、トーストに植物性脂肪のバターをたっぷりつけながら、ぼんやりとニュージーランドの生活を思い出していた。

ナイフとフォークの使い方が上手だ。」

いきなりみほちゃんに誉められた。え?え、え、えー?みほちゃんだって、ナイフとフォークを使ってるじゃん。

「うううん。nonさんのはとっても自然に使っているもの。上手。」

ナイフとフォークの使い方に、上手いも下手もあるんだろうか。ものすごく身近な食器のひとつだと思うんだけどなぁ。

食事も終わり、コーヒーを飲み始めた頃だった。

「次はセドナに行きたい。」

とみほちゃんがのたまった。実はみほちゃん、不思議パワー大好き少女だったのだ。セドナのパワーに触れたいらしい。私には感じられなかったセドナのパワーだけど、みほちゃんなら感じられるかもねー。

私達がカフェを出ると、みほちゃんは両手を少し広げて立ち止まり、こう言った。

この町は何かヘン!!

わ、わかった。と、とにかくタオスプエブロへ行こう。
(その後もみほちゃんは、何度かタオスのことを「この町は何かヘン!違ってる!」と評していた。)

タオスプエブロは、アメリカンインディアンの居住地である。観光用に開放されている時間は限られていて、時には午後の3時には村の扉を閉じてしまうこともある。観光客は、入場料を支払い、カメラを持参するのであれば、撮影料も納めなくてはならない。私は入場料と撮影料を納めて、ようやくプエブロの中へ入ることが出来た。

乾いた土の上に建つ、茶色い土で出来た家々の前には、やはり土で出来た鎌倉のような丸いかまどが置いてある。辺りはすべて土色の一色。この独自の建築方法を守っている彼らの技術は、やはり世界の遺産として残されるべきものなのだろう。数人のアメリカンインディアン達が、建築中の建物に土を塗りつけていた。昔の日本の家の壁も土だったよね。時にはあったかくって、時には冷たくって、土の中で暮らすのって、自然と呼吸を同じくするような気分なんだろうか。

基本的にこの居住区のアメリカンインディアンの人達は愛想がない。ヘンに観光客に媚びるところがないのだ。そりゃ、観光客からの収入で村が成り立っているのだろうけれど、彼らはそれに執着しすぎることが、部族の危険に繋がることを知っている。手作りの厄除け、儀式用のセージの束を売る女達。トルコ石で出来た工芸品を売る男。息子の詩を売る老人。彼らは皆、言葉少なだ。それでも、彼らはよそ者を警戒したり、拒絶しているわけではない。ただ、待っているだけなのだ。訪れるべき人間を

かつては、巨大なバッファローを狩り、その肉を食べ、皮を纏い、生活していた勇敢な部族。知恵深く、宇宙と協調しあい、母なる自然へ再び結びつこうと祈り、儀式を継承しつづけてきた部族。老人を敬い、彼らの言葉に耳を傾ける、どこか日本の人々と似ている部族。

ああ、本当に彼らへの興味は尽きない。

プエブロ内を見学するうち、私達は思い思いの場所へ自由に歩き始めた。
私は何の気なしに、一番近い工芸品屋へ入っていった。そこには、ハンサムな若者が一人いた。浅黒い肌に、きれいに整った唇。真っ黒な長髪は、後ろでひとつにまとめられている。彼は、白人の客に工芸品の説明をしている最中だった。店内は暗く、大きなバッファローの毛皮や鳥の羽で縁取られた髪飾りが壁に飾られていた。ガラスケースの中には、トルコ石の工芸品や銀で出来たベルトのバックルなどが展示されている。それらの商品をぼんやりと見つめながら、私はアメリカンインディアンが守る伝統と、彼らの精神について考えていた。

「何かお入用でしょうか?」

先ほどの若者が声をかけてきた。いつの間にか、他の客は帰ってしまっていた。特に何か買うつもりではなかったけれど、だからと言って、何も語り合わずに帰るつもりもなかった。唐突に、私はバッファローの話をした。それがきっかけで、私達は自然に会話へと入っていった。

私は、以前から彼らに私達の文化のことを伝えたかった。だって、あまりにも日本の文化と彼らの文化は似ているのだ。例えば、私の祖母は、私が小さな頃によく言って聞かせてくれたものだった。

「nonちゃん、物にはね、全部神様がついているんだよ。お水にはお水の神様、木には木の神様ってね。だから、物は粗末にしちゃいけないよ。」

その言葉が染み付いているのか、私は仏様とは別に自然の神様という存在をいつも意識している。神様というよりは、精霊というものになるんだろうか。その話をすると、若者は身を乗り出すようにして、話に聞き入った。

私はお盆の話をした。地方や宗派によるけれど、私の家では夏のお盆には、必ず迎え火と送り火を焚く。仏様が帰ってくる8月13日には、土で線香の台を作り、きゅうりやナスで馬を作り、馬の背にはそうめんで出来た鞍を付ける。そして、藁を燃やしながら、仏様がやってくるのを待つ。

仏様は、きゅうりとなすの馬に乗って、我が家へ帰ってくる。私達が焚く、その炎を目印に、我が家へ戻ってくる。玄関には、洗面器にぬるま湯を張り、手足を洗ってもらう。お迎えの儀式が終わったところで、お仏前にお線香をあげる。仏壇には、金銀色の蓮の花やご馳走がお供えしてある。高く積まれただんごや、ナスを細かく切ったものを見るたび、ああ、夏休みももう終わりだなぁ、と思ったものだった。

仏様は3日間、我が家に滞在する。しかし、3日目には帰らなくてはならない。出来るだけのんびりしてもらいたいので、帰りの儀式はなるべく遅い時間までねばる。天国の門限は23時なので、それまでに帰りの儀式をしなくてはならない。土の台にお線香を焚き、藁に火を点ける。すると、仏様は再び馬にまたがって、天国へと帰っていくのだ。

私はこういったことを、祖母や両親を見ながら覚えてきた。私にとって、これらの儀式は仏教のしきたりというものではなく、季節の風物のようなものだ。特に、仏教徒の意識はない。ただ、顔も見たことのない、亡くなった我が家の一族を、小さな頃から肌身に感じてきているだけだ。物心ついた頃から、先祖と共にあることが自然だった。

「面白いね。まるで僕らの儀式のようだ。」

静かに、しかし確かに興奮しながら、彼が言った。

「僕らは、古くからのしきたりを忘れていないんだ。それは、多くの老人達が継承してきた、大事な一族の証なんだ。日本人はアメリカンインディアンに似ている、という話は聞いたことがあるけれど、実際に、儀式や考え方までもがこんなに似ているなんて思わなかった。実に興味深いね。」

こう言った情報を、もっと交換できたらいいな。私達はまったく別々のところに生まれてきたけれど、どこか似通っているんだもの。それをひとつずつ確認できたら、素敵だと思わない?

ふと、振り返ると、店の外でタクヤとみほちゃんが待ちくたびれている姿が目に入った。あれ、あの子たち、もう全部見終わっちゃったのか。炎天下の下、ずいぶん待っているようだった。

もう、行かなくちゃ、と慌てて彼にさよならを告げた。立ち去ろうと背を向けた時、

「僕はレイモンド。君の名前を教えて!」

と声を掛けられた。名前を告げると、何度か口の中で復唱した。

「出会ってよかった。いいお話を、本当にありがとう。」

その言葉を聞いて、ぱぁーっと心の中で花が咲いたような気分になった。タオスで出会ったアメリカンインディアン、レイモンド。こちらこそ、ありがとう。いつか、必ずまた会いましょう。

タクヤとみほちゃんの待つ、外へ出る。太陽の光が眩しかった。

(つづく)



26日' 私の出会った若者達
 
みほちゃんとタクヤは、バスで全米を旅している。二人はサンタフェのユースホステルで出会い、偶然同じ日にチェックアウト、同じ方向のバスに乗り合わせただけだという。

「カップルだと間違われて、危うく同じ部屋になるところだった。」

とみほちゃんは苦々しく言い放った。このみほちゃん、独自の雰囲気を持った、実に楽しい女の子なのである。

アメリカへ旅に出てから、日本人の旅人と会うのは今回が初めてだった。こんなふうに、アメリカ放浪のたびに来ている日本人は少なくないという。現に、みほちゃんやタクヤはたくさんの日本人に会ったそうだ。そうか、理由はさまざまなんだろうけれど、同じコトをやってる人がたくさんいるんだな。

みほちゃんは、このほど大学を中退し、以前から興味のあったアメリカンインディアンの文化を探りに旅に来たという。顔立ちが良いのに、化粧気などまるでなく、セミロングの髪の毛を無造作に後ろにまとめている。ベッドに腰かけながら細い腕をシャツに通すと、肩を落として「はふっ」とため息をついた。この飾らないところが彼女の持ち味なのかも。

「もー、英語ぜんぜんわかんなくて。苦手。」

それでも、ちゃんと意思の疎通は出来ていて、旅には不自由していないようだから、いいのだよ。別に英語の勉強をしにきているわけじゃないんだから。ところで、旅をするために大学を辞めたの?なんで大学辞めちゃったの?せっかく入ったのにもったいない。

うちが貧乏で...食べるものにも困って...ついに...。」

一瞬、彼女の回りに人魂が浮遊しているのが見えるくらい、彼女の表情は暗かった。しかし、なぜか同情するよりも吹き出したくなるコミカルさがあるのだ。大学を辞めるまでに、いろいろなバイトに手を出したらしい。水商売もやったらしい。

「だけど愛想がないから人気がないの。お酒作って、そのままボンッて置いて、あとはそっぽ向いてただけだから。私、話すの苦手だし、つまんない仕事だった。でも、黙っててもお金はもらえるから。」

す、すごい。この流されない性格。気に入ったぜ

「それに私、ぜんぜんモテないの。人生でまだ一度もナンパされたこと、ない。」

彼女が言うには、前を行く女の子たちは全員声をかけられてたとしても、男たちは巧妙に彼女を避けて、彼女の後ろを歩く女の子たちへとナンパを続けるのだという。

「きっと、私は人を拒絶するオーラが出てるんだ...。」

お先真っ暗という表情を浮かべる彼女を見てると、やっぱり吹き出してしまう。いやー、ごめん、悪いけど面白いよ。

「彼氏いない歴22年だし...。」

今時珍しいくらい"自分"をしっかり持っている子だというのに、まったく世間の男達は見る目のないことだ。みほちゃんは美人だし、拒絶のオーラも出てないよ。出会う時期がくれば、ちゃんと出会うべき人に出会うんだから、それまで自分の道をしっかり歩んでいればいいんだよ。私はそういう独自の雰囲気を持ったみほちゃんって、好きだけどなぁ。

「そんな...私、ぜんぜん美人じゃない。唇だって分厚いし...。」

あはははー、面白い子だなー。こんなにいい顔してんのに、本気で自分はダメだと思いこんでるんだ。こういう子は、ある日突然、殻を破ったようにきれいに変身するんだよねー。だんぜん彼女を気に入った私は、夕食を一緒に作ろうと誘ってみた。

「あ、じゃあ、もう一人の男の子も一緒に。夕食は、私が作ります。(きっぱり)」

食材は私のを使っていいからね。ロスからずっと使う機会がなくて、困ってたんだ。お米も油もなんでも使って。私が作ってあげてもいいんだよ?

いいえ。私が作ります。(きっぱり)」

わ、わかったよ、じゃあ、みほちゃんに任せようかな。

ええ。」

なんかすごい力の入った返事だった。よっぽど料理がしたいんだな。

私は車のトランクから食材を出すと、ユースホステルの母屋にあるキッチンまで運んでいった。このユースホステルは、母屋と離れとキャビンとティピに別れている。母屋にはいくつかの部屋があり、大きなキッチンとダイニング、そして暖房の入ったリビングがある。離れには、小さめのキッチンとダイニング、そして、簡易シャワールームが設置されている。大きな広場のような中庭を尽き抜けたところに、いくつかのティピが建てられ、その横に3つほどキャビンが繋がったように建っている。キャビンは木造で、ところどころに隙間があり、ドアは南京錠で鍵をかけなければ、ドアを完全に閉めることは出来ない。中には裸電球がひとつあり、埃っぽい二段ベッドが二つ置いてあるだけの部屋だ。夜はさぞかし冷えるだろう。屋外は防犯用の電灯以外、ほとんど灯りがない。月と星の明かりが頼りなのだ。

キッチンでは、タクヤがお米を炊いているところだった。自己紹介をする。タクヤは今年('99年)の3月に高校を卒業し、バイトなどをして数ヶ月過ごした後、アメリカに旅に来たという。へぇ、面白いねぇ。将来はどうするつもりなの?

「大学に行きますよ。帰ったらちゃんと勉強するつもりです。」

そうか。大学受験はそれほど安易なものではないと思うけれど、がんばってね。大学はきちんと行ったほうがいいよ。行くだけじゃだめだけど。それで、何を勉強したいの?

「哲学です。」

タクヤの若さがまぶしかった。未来を疑わない姿って、まぶしいなぁ。卒業後の就職のこととか、将来やりたいことを考えて大学の学科を選ぶのもひとつの手段なんだろうけれど、明確に学びたいものがあるのなら、それを勉強するべきだよね。そもそも、大学というのは勉強するところなんだから。もちろん、大学へ行くことで、知り合う人の階層が広がることも事実だよ。それも人生には大事なことなんだ。タクヤ、がんばれよ。私も応援するよ。だけどさ、やっぱり受験勉強はしたほうがいいと思うよ。もうすぐ10月だよ

そんなことを話していると、みほちゃんが野菜をテーブルに並べ始めた。

「今夜は、野菜炒めを作ります。(きっぱり)」

わ、わかったよ、みほちゃん。私達は何を手伝えばいいかな。

野菜を切ってください。」

タクヤがすかさず野菜を切り始めた。年長の私はすることがないらしい。私は二人を眺めていた。
私は、人のやることにとやかく言うのはあまり好きじゃない。特に料理のときは、それぞれのスタイルもあるだろうから、あまり言わないようにしている。でも、みほちゃんとタクヤの調理活動は、あまりに頼りないものだった。まず、洋包丁は日本人にとって、とても切りにくい。ましてや、こう行った共同キッチンに置かれているものはとかく切りにくい。タクヤはおぼつかない手つきで野菜を切っていた。見ていてちょっと怖い。みほちゃんは、大きなフライパンに野菜をたっぷり入れて炒め始めた。かき回す度に、コンロへぼろぼろと野菜が落ちていく。中味はにんじんとピーマンと玉ねぎである。みほちゃんが味付けにかかる。私はすかさず調味料を手渡し、見守った。

「味がつかない...。」

呟いている。もっと調味料をふりかけちゃいな。もっと、もっとだよ。なんなら中華醤油も入れようか。そうそう、その調子。うん、美味しくなったよ。もう大丈夫。

横では、タクヤがキャンベルのクリームスープを温めていた。今日のご飯は、野菜炒めとクリームスープ。ご飯も炊けた。おかずも出来た。よし、お皿に盛ろう。うーん、お皿がないな。面倒だから、ご飯を入れて、その上にクリームスープをかけちゃおう。いいじゃんいいじゃん、なんでもありだよ。

「おおっ、イケルイケル!」

一口食べて、タクヤも騒いでいる。(ほんとはイケてないと思う私であった。)
私達は、夕食を外で食べることにした。中庭の丸いベンチの真中には、焚き火用の薪がくべられていた。でも、火をつけていいのかどうかがわからなかったので、焚き火は遠慮しておいた。空を見上げると、満点の星が輝いていた。あー、こんな場所で食事が出来るなんて、贅沢だなぁ。真っ暗な空の下、灯りも点けずに食事をした。辺りから虫の声が聞こえる。ああ、もうすぐ秋なんだなぁ

スープでぐちゃぐちゃにしたご飯と、キャベツの入っていない野菜炒めを頬張り、明日は私が料理しようと胸に誓った。決してまずいわけではなかった。ただ、私には量が足りなかった

みほちゃんは自分の野菜炒めを食べながら、つぶやいた。

初めて作ったにしては、おいしい...。」

みほちゃん、料理苦手だったの?なんと、年上の私に気を使って、わざわざ苦手な料理をしてくれたのだった。でもね、みほちゃん、そんなのぜんぜん気にしなくていいんだよ。旅人に年上も年下もないんだからさ。明日は今夜の食事のお礼に私が作るから、気を使わなくていいからね。

と言ったにも関わらず、後片付けはタクヤがすっかりやってしまった。よく働く若者達だ。私は感心したよ。

食後のコーヒーを飲みながら、明日の計画を立てることになった。彼らはバスで旅をしているので、足がない。ユースホステルは、街からだいぶ離れた僻地にあるので、車なしではとうてい観光など出来ない。

「もしよかったら、私の車で一緒に回らない?私もみんなでいっしょに見たほうが楽しいし。」

この申し出に二人は大喜びだった。みほちゃんはぜひ『タオスプエブロ』に行きたい!と胸をときめかせていた。タオスプエブロとは、アメリカンインディアンの居住区で、古来からの彼らのライフスタイルを守り通しているという、全米でも珍しい場所なのだ。プエブロとは、"部落"の意味で、スペイン語の町、人々という意味にあたる。

3人でドライブかぁ。楽しみだなぁ。

こうして私達は、明日一日行動を共にすることになったのであった。

(つづく)



26日 新たなる出会いの予感
 
私は、ひたすら東を目指していた。今夜は、タオス(Taos)に宿を取ろうと思っていた。タオスは、アメリカンインディアンの居住区が点在し、今でも古くからの伝統を守りつづけていることで有名である。中でもタオスプエブロは世界遺産に指定されている。宮沢りえちゃんの写真集で一躍有名になったサンタフェより、ほんの少し北にある。

とりあえず、サンタフェが目印だった。サンタフェまでもうすぐだ。あと10分も走ればサンタフェだ。ほらほら、サンタフェって標識が出てきたよ。それにしても、サンタフェって思ったより都会なんだな。高速道路から、いろんな名の道路が枝分かれしているよ。うーん、どこの道に下りたらいいのかわからないな。

私はひたすら走りつづけた。サンタフェに入ったのはわかるのだが、どこまでがサンタフェなのかがわからなかった。ガソリンも減ってきた。とにかく、次のガソリンスタンドでタオスまでの道のりを聞いてみよう。

寝不足で運転していたせいか、眠気で頭が朦朧としてきた。外は気持ちがいい最高のお天気。少し先に、パーキングエリアがあるようだ。そこで少し休もう。

パーキングエリアは、ただの砂利が敷き詰められた空き地のようなところだった。トイレもない。もちろん、売店もない。しかし、大きな木々が立ち並び、パーキングエリアとその向こうに広がる原っぱを区切っていた。見上げると、黄色に色づいた木の葉が、サラサラと音をたてて風に揺れていた。のんびりした午後のひとときだ。私は車を降りて、大きく伸びをした。うーん!少し軽めの運動もしておこう。イッチニッ。一際強い風が私の髪の毛を吹き上げた。わー、目が覚めるーーー。気持ちいーい。

さて、気分転換は十分だ。私は再び車に乗り込んだ。先ほどから気になっているのが、ガソリンの残量だ。そろそろ警告ランプが付いてもおかしくない頃だろう。次のガソリンスタンドを見逃しちゃいけない。何せここはアメリカ。次なるガソリンスタンドが、300km彼方ということも考えられる。

しばらく走っていると、ガソリンスタンドのマークがついている標識を見つけた。次の出口付近にガソリンスタンドがあるということを示しているのだ。しかし、この辺りは山と原っぱしか見えないな。本当にガソリンスタンドなんてあるのか?少し不安だったが、幸い前の車も同じ出口で高速を降りるようだった。私もそれに続く。

高速を降りて、すぐに前の車が右折した。私もそれに続いた。辺りには何も見当たらない。民家ひとつ見当たらない。あ、あったあった、ガソリンスタンド!前の車もそこに入ったぞ。それにしてもすごいガソリンスタンドだなー。屋根がないのは許せるけど、とにかくボロボロだぞー。私は訝りながら左にウィンカーを出した。前の車が、給油もせずに去っていった。あれ。あれ、あれれ。

ガソリンは出ません

と書かれた張り紙が給油メーターに貼ってあった。おい!ガソリンスタンドでガソリンが出ないとは何事だよ!ふと、売店を見る。店内は暗く、窓ガラスが割られていた。人もいない。そもそも営業していないのか?見れば『CLOSED』の札が下がっている。ガーン、次の給油チャンスまで何マイルくらいあるんだろう。私の不安に追い討ちをかけるように、どこからか野良犬が出てきて私の車に吠え立てた

前の車も道路の脇で途方に暮れていた。私はとにかく高速にのろうと再びアクセルを踏んだ。バックミラーには、黒い野良犬がまだ私の車に向かって吼えているのが映っていた。

よし、決めた。Uターンをしよう。次の出口で降りて、反対方向の高速に乗り直そう。それがいい。だって、私、もう120km近くも道に迷ってるんだもん。

サンタフェ付近を走っているときは、赤いスペイン風の建物ばかりが目に付いて、りえちゃんが裸でのんびりしていたような長閑な風景などどこにも見当たらなかった。けれどどうだろう。迷ったおかげで、小花が咲く野原の向こうに山々が横たわる、こんな風景を拝むことが出来た。素敵な景色だなぁ。膝丈ほどの草原と可憐なうす紫色の花、そして、力強い山。素朴な自然がそこにあった。私は嬉しくなった

次の高速出口で、反対方向の高速へ乗りなおした。しばらく走ると、ちゃんと営業しているガソリンスタンドも見つかった。準備万端。サンタフェまでもう少し。でも、タオスはその先なんだよねぇ。

今度こそ、勇気を持ってサンタフェの街を目指して高速道路を降りた。どの道路に降りたらいいのかがわからなかったので、勘で道を選んだ。スペイン風の日干しレンガの家屋、スペイン語の地名、道路名、スペイン語の標識。ああ、ここはサンタフェ。ニューメキシコ州だ。今までのアメリカとは、どこかが違う。しばらく走ると、スーパーマーケットが見えてきた。そこには隣接してアイスクリーム屋や本屋なども並んでいた。私は迷わず本屋を目指した。地図を購入して、作戦を練ろうと思ったのである。

「もしもし。今日は営業していませんよ。日曜日だからね!」

本屋の入り口に差し掛かったとき、店員らしき男性に言われてしまった。
困ったな。私、道に迷っちゃって、タオスに行きたいんだけど、地図がないんです。どこかで地図を手に入れられるビジターセンターはありませんか?

「よし、じゃあ、地図をちょっと見てみよう。」

背の高いおじさんが、レジに立っていた女性に地図を持ってくるように指示をした。女性はこの男性の奥様のようだ。奥様は小さく折りたたんである地図を持ってきて、本の上にそれを広げた。

「ここが私達のいる場所よ。タオスはここにあるの。」

地図を裏返す。うーん、思ったより遠いんだな。

「お前、もっといい地図があるだろう。他のも持っておいで。」

今度はもうちょっとタオス寄りの地図を持ってきてくれた。その地図を広げて、タオスまでの道のりを丁寧に教えてくれた。

「あの、今日はお休みと聞いたけれど、この地図を売ってもらえませんか?」

もちろん!と二人ともにっこり笑ってくれた。優しいご夫婦だ。
かくして私は3ドルほどのサンタフェ、タオスマップを手に入れた。

店を出るとき、おじさんはわざわざ追いかけてきて、もう一度道のりを説明してくれた。

「いいかい?あの道路をまっすぐに北へ行くんだよ。簡単だから、大丈夫だよ。」

奥様も遠くから私達を見て、微笑んでいる。ありがとう、おじさん。ありがとう、おじさんの奥様。私は二人に手を振って、車に乗り込んだ。

実はこの時、私はかなり疲れていた。朝からひたすら運転しているのだ。いや、それだけじゃない。この疲労感は、もう到着すると思っていたのに、目的地がまだまだ先だったことを知らされ、がっかりしていたことからも来ていたのかもしれない。うー、がんばって、今日中にタオスへ行くぞ。タオスには、ユースホステルがあるはずだった。キッチンもついているというし、今度こそ旅人の集う宿に泊まれるのだ。がんばるぞー。

1時間ほど走っただろうか。おじさんの話では、タオスはここからあと30分くらいのはずだ。タオス手前の景色は、平らで素朴な土地が広がるだけだった。もう日が傾き始めている。西日が窓から差し込んできて、サングラスをしていても眩しかった。

しばらくすると、タオスビジターセンターが目に入った。中へ入る。両肘をついて自分の爪を眺めていたスタッフが、私の姿を見る。彼女は何も言わずにそのまま時計を見上げた。もうすぐ終業時間なのであろう。しかし、予想外にこのスタッフは優しかった。私がユースホステルタイプの宿を探しているというと、親身になって安い宿をリストアップしてくれた。しかも、彼女の感想付きである。

「ここも安いわよ。だけど、んー、なんていうの、ちょっと汚い感じ。こっちは私は冬に行ったんだけど、最悪だったわ。」

といった具合である。実にわかりやすい説明だった。
彼女にお礼を言って、私はユースホステルを目指した。あと30分ほど北に上がれば、宿があるはずだった。

しばらく走る。辺りは完全にリゾート地化してきた。アートギャラリーや小粋なレストラン。土で出来た丸いつるつるした壁の建物。派手ではないけれど、伝統と芸術を感じさせる街である。雑踏を抜けると、いきなり『大草原の小さなお家』のような景色が広がった。背の高い木立が狭い道路の脇に続き、その向こうには牧草地が広がっている。広大な牧草地には、ぽつんぽつん、と小さな白いお家が建っている。そして、その向こうには、てっぺんに黄色い花の色をつけた、背の低い山が続いているのだ。その上には、青くて丸い空と白い雲がのんびりと流れている。ああ、いいところだなぁ

ようやく着いたユースホステルは、やはり丸っこくてつるんとした、芸術的な建物であった。「OPEN」と書かれた魚のボードがドアにかかっていた。

空き室をたずねると、今夜は屋外のティピかキャビンしか空いていないという。どっちにしろ、この建物の中で寝泊りすることは出来ない。ティピとは、アメリカンインディアンの伝統的な住まいである。白い布地に彼ら特有の四角い模様を描き、そいつと長い棒で三角錐のテントを張るのだ。しかし、中で宿泊している女性に住み心地を尋ねると、

「ものすっごく寒いわよ。特に朝なんか凍るわよ。」

と教えてくれた。よし、私はキャビンに宿泊しよう。
ここのキャビンは、埃っぽい二段ベッドが部屋の両脇に置いてある、木造の掘建て小屋だった。強烈な西日が部屋に入り、中に舞う埃がキラキラしていて、ほんのりと暖かかった。広さはほんの二畳か三畳ほどであろうか。でも、居心地は悪くない。

荷物を部屋へ移動させていると、金髪の若者が中庭の椅子に腰掛けているのが目に入った。建物の中では、受付で日本人らしき女の子が受付の青年とお話をしていた。再びキャビンに戻るとき、中庭に座っていた金髪の若者が「Hi」と挨拶してきた。ん?こいつ、金髪だけど顔はまるっきりアジア人じゃん!ってことは日本人だな。しかしここでは、私も「Hi」と挨拶を交わすだけで、足早に彼を通りすぎた。

キャビンのベッドに寝袋を敷き、身の回りのものを整理していると、ガタンガタン!と音を立てて先ほどの女の子が入ってきた。肩には大きな寝袋を背負っている。

「こんにちわー。日本人ですよね。よかったー。日本語がしゃべれる。」

彼女の名前はみほちゃん。(なんと縁のある名前だろうか!注:『あの人とハイキング』参照)うら若き22歳。聞けばあの金髪少年とは前の宿から一緒だと言う。彼の名前は、タクヤ、18歳(だったと思う)。

そして、私はこの若者達と夕飯を共にすることになるのである。そして、その後も...。

(つづく)



24日'' 求めよ さらば見つからん
 
ツアーの出発前にほんの少しお話した、アメリカンインディアンのおじさんにこの辺りの占い師(霊能者)について、聞いてみることにした。

「うーん、この辺にはそんな人達ばかりがいるからねぇ。あまりよく知らないんだよ。」

彼はまっすぐに私を見つめてそう答えた。彼の目は誠実で、知的な光をたたえていた。静かで抑揚のないその口調は、こんな下賎な質問にはふさわしくないように感じた。だけど、他に聞けるような人もいない。私は質問を変えてみた。

「街で評判の占い師は?」

彼は黙って少し考えた。

「そうだな。ここの裏にある建物の2Fにカフェがあるんだ。そこのカフェにいる占い師は当たると評判になってるね。でも、僕は占ってもらったことはないし、彼と話したこともないから知らないよ。ただ、評判にはなっている。」

彼の低い声が、私の質問にまっすぐ答えてくれた。心と心が直線で結ばれたような会話。問と解の間に、余分な雑念は何もない

少し世間話をした後、私は教えてもらったカフェへと向かった。ああ、彼とはもっと深い会話をしてみたかったな。きっと学ぶことが多かったに違いない。私はほんの少し彼に対して未練を残しつつ、建物の裏手へと回った。

そこは、ロマンチックな石畳の小道沿いに、小物ショップや民芸品屋が建ち並んだ一角だった。ところどころに、宇宙人の絵やUFOのポスターが貼ってあり、それらは不可解なミステリーに強烈な憧憬を抱く人々のメッカであることを再確認させた。どこもかしこも、UFO、サイキック、ヒーリングという言葉であふれている。ようやく頭上に小さなカフェの看板を見つけ、階段を上がった。カフェはオープンテラスとなっているのだが、階段を上る前から、大きな男性の声が聞こえてきていた。

カフェの隅に、パラソルのついたテーブルがあった。そこに中年の女性と口ひげを生やした初老の男性が座っていた。女性の後ろには、数人の女性が並列して座っていた。順番待ちなんだろうか?テーブルにはカードが並べられていた。初老の男性は、大きな声で女性に何か指示をしていた。女性は真剣な顔をして頷いている。胸の中で、期待に膨らんだ気持ちが、一気にしぼむ音が聞こえた。

やめた。せっかく教えてもらった場所だったけど、私はあのおじさんに占ってもらうなんてまっぴら。もっと他の場所を探してみようっと。

私は階段を駆け下りて、小さな看板も見逃さない勢いで辺りを見回した。すると、すぐ目の前に明るい感じの小物ショップが目に入った。ドアの横に下げられている小さな看板は、『サイキックリーディング』と書かれていた。一見お土産屋さんのようなのに、占いなんてやってるのかな?

店内は外から見ても明るく、ドアは入りやすいように明けっぱなしだった。
店に入ると、エキゾチックなお香の香りが鼻をくすぐる。右手にはきれいな宝石の原石が並んでいて、ローズクォーツや水晶、タイガーズアイなど、『幸運を呼ぶ石』として有名な原石が目に入った。店の一角から、女性の声が聞こえてきた。笑い声も聞こえてくる。どうやら、その一角が占いコーナーとなっているらしかった。15分ごとの料金が貼り出されている。

私は店員さんに、ここの占い師について質問してみることにした。私の呼びかけに振り向いた女性は、なんとも清楚な笑顔の美人だった。彼女は絶対にベジタリアンだ。ベジタリアンはなんともきれいな肌をしている。肌がきれいというわけではなくて、その下に流れる血がサラサラしているような感じがするのだ。力強さは感じないけれどね。逆に、油好きのヘビースモーカーは、よどんだ肌をしていて、いかにも血がドロドロという気がする。すごく生命力は感じるけれど。もっとも、まったくの私の偏見だから、信憑性はない

「彼女は、ユーモアのあるとっても素敵な女性よ。誠実で、親身になってあなたの悩みに応えてくれるわ。」

なるほど。じゃあ、私も彼女に会ってみようかな。聞けば、あと10分も待てば、彼女に会えるという。

「何分コースにしますか?15分、30分、45分とありますよ。」

えー、そんなの彼女と会って話してみなくちゃわかんないよ。彼女に相談してみてから決めるんじゃダメ?

「もちろんいいですよ。彼女ならあなたと話すのにどれくらい時間がいるか、わかると思うもの。」

にっこりと笑う。なんだか雰囲気いーなー。何もかもがラブって感じに包まれているよ。それは、本当の愛ってわけではなくて、人間の汚い部分を見ることを拒否し、きれいな部分だけを見つめて幸福に浸っている者の持つそれに似ている。きれいなものばかりで世界が完成することはないと思うけれど、今はこの雰囲気に甘んじよう。

「次の方はあなた?」

店内を見ていると、実に小柄でぷっくりした女性が話し掛けてきた。にこにこ笑っていて、幸福感しかこの人からは感じない

「そうね、30分って時間を決めておいて、もしも時間が延びたらその時考えましょうよ。」

私は店員さんに、30分の料金を支払って、占い師と一緒に店の一角へ入っていった。
彼女の名前は、シェリア。少し白髪の混じった長い髪の毛は、くしゃくしゃに乱れていた。服装も、日本の占い師によく見られる豪華さや、ミステリアスな雰囲気とは無縁の、Tシャツとパンツだ。牛乳瓶の底のようなメガネの奥には、にこにこと微笑んでいる小さな目があった。

「さぁ、あなたは何を悩んでいるのかしら?」

実は私には、ずっと頭を抱えている悩みがあった。悩みというよりも、それは自分への問い掛けだった。自分で自分に問い掛けているのに、自分では答えが出せなかった。ぐるぐる考えて、もう何がなんだかわからなくて、自分で何をどうしたらいいのか、まったく路頭に迷った状態まで自分を追い詰めていた。救いを求めようにも、自分で自分を救う以外、どこに救いがあるというの?これを機会に尋ねてみよう、この問いの答えを。答えじゃなくても、ヒントでもいい。答えを見つけるための知恵でもいい。私には、誰かの助言が必要なんです。今の私には、なんの答えも出せません。

私の真剣な告白とは裏腹に、シェリアは大声で笑い始めた。

「なんて素敵なの!私、こんな素敵な悩みを告白されたのは始めてよ!素敵だわ!」

ひとしきり笑った後、彼女は真剣に私を見つめてこう言った。

「あなたはとても幸せな人よ。多くの人があなたの悩んでいるようなことを夢見るわ。あなたは、誰もがあなたをうらやむくらい幸せなのよ。いい?」

黙って頷いたが、私はちっとも幸せなんかじゃなかった。少なくとも、私には幸せなことではなかった。その問い掛けは、もはや私の心の重圧となっていた。でも、この重圧から逃げることは出来ない。自分への問い掛けは、自分で受け止めるしかない。痛いくらいにわかっているから、逃げ場がなかった

「さぁ、手を私の掌の上にのせて」

言われたままにすると、おもむろに小さなカセットデッキに向かってボソボソとつぶやき始めた。

「今から、nonのサイキックリーディングを始めます。」

彼女は自分の話をひとつのテープに記録しているのだった。なるほど、そしてそのテープを持ちかえって、聞きなおすことも出来るんだね。じゃあ、メモを取る必要はないか。

「今から私の精霊に呼びかけます。」

彼女は目を閉じて、祈りを始めた。依然として私の両手を軽く握り締めていた。
しばらくすると、彼女は私のことを話し始めた。それはシェリアとはまったく違う人格がものをしゃべっているのではなくて、彼女自身が精霊の声に耳を傾け、それを彼女の言葉で話しているという感じだった。彼女はまず、私の性格について語り始めた。

私の性格は私が一番よく知っている。それは私の知りたいことじゃない。彼女はいったいなんのために私の性格などを語っているんだろう。

「でしょ?」

と聞かれても、私は当惑するばかりだった。彼女の言っていることは、ほとんど当たっていた。しかし、彼女は霊能者なのだ。当たって当たり前じゃないか?私の当惑は彼女に伝わったようだった。彼女は言い訳をするように「これはただの確認作業なのよ」と答えた。ああ、なるほど。彼女の能力を信頼させるためのものなのか。私には無意味なのに。

彼女は何かを話すとき、必ずカセットデッキに向かって話していた。時折、彼女は自分のビジョンを確認するかのように目を閉じ、一瞬考え込む。彼女が録音をしているとき、私が他人の名前をしゃべるのを静止した。証拠を残したくないという。なんとなく、そこに彼女の暗い過去を見たような気がした。勝手な憶測だけど、彼女はきっとデリケートな人間で、子供の頃はいじめられっこだったんじゃないかな。今も、自分のやっていることに対して、斜めに見る存在を意識しながら仕事をしているのだ。ふむ。勘のいい人のそばにいると、私まで勘が鋭くなったような気がするな。頭の中が今までになく冴え冴えとしてるよ。え?私の勝手な決めつけだって?うん、そうかもね(笑)

シェリアは、私の性質を調べるためにカードを引かせた。デイビットが川沿いでやった、あのカードに似ている。

カードを引くと、イーグル(鷲)の絵出てきた。うん、白鳥よりもずっと私っぽいと思うぞ。シェリアは私のカードを見ると、くすくすと笑い始めた。ほんとに幸せな人だな。いつもウキウキしてるんだな。

「イーグルなんて、あなたにぴったしね!」

彼女は言った。うん、白鳥よりはマシだよね。

「イーグルは森の王様なのよ。いつだって高いところから森を守っているわ。高い位置にいると、すべてが見渡せるからよ。あなたは直感的に物事の全体を捉える能力を持っているの。」

ほほぅ。私もそうありたいと願っているよ。

「...あなた、本当は今の悩みの回答を知っているんじゃない?

それがわからないから、ここへ来ているんだよ。

「いいえ。あなたは知っているわ。今はわからなくても、いずれ知ることになるわ。ただ、それを実行するだけよ。ほら、この袋から木片をひとつ引いてみて。」

麻布で出来た袋に手を入れると、柔らかい木片がいくつも入っているのがわかった。その中から、ひとつを取り出した。シェリアが裏返すと、そこには、"Decide it! and do it!"と書かれていた。彼女は再びくすくす笑った。

「ほらね。」

私は納得しなかった。答えが見つかっていれば、私は躊躇もしないさ。悩みもしないさ。「決断せよ!実行せよ!」と言われても、どうやって決断して、何を実行したらいいのかわからないよ。なんだか私は哀しくなってきてしまった。

シェリアは私を見つめた。私の瞳から何かを読み取ろうとしているのかな。

「私から見て、あなたはとても人とは違うの。特別な何かを持っているのよ。」

今まで、路上の占い師を含めて、ほとんどの占い師に言われた言葉だった。けれども、私には少しも特別な何かなんてなかった。幽霊も見たことがないし、宇宙人に連れ去られた経験もないし、未来が予知できるわけでもなかった。それどころか私はまったく勘が悪い。

「今、私はあなたについてのビジョンを持っているの。それをあなたに思念で伝えるから、受け取って。あなたならそれが出来るわ。」

そう言って、私の両手を軽く握って、頭を垂れた。しばらく沈黙が続く。私の頭は混乱していて、ビジョンなど何も浮かんでこなかった。

「見えた?」

いいえ、何も見えません。何も伝わってきません。
シェリアはがっかりした表情を浮かべた。その後、深く深呼吸をすると、再び瞑想に入った。しばらくすると、彼女は自分のビジョンと感じたことを説明し始めた。彼女は私の人間関係について触れた。確かに彼女は何かを感じているようだった。しかし、なぜ彼女がそれを感じているのか、私には説明することが出来た。彼女は、時間的側面から私の人間関係を見ているのだ。知り合ってから期間が長い人を「深い絆を持っている人」と表現していた。しかし、それは私が解を見つけるヒントにはなり得なかった。(ちなみに、私は彼女に私の人間関係や、それぞれとの付き合いの期間などは説明していない。)

彼女は一生懸命やってくれた。彼女が繰り返し言っていた言葉。それは「あなたは既にその答えを知っている。」だった。ということは、私はやはり、助言なしで自分の答えを自分自身で見つけなくてはならないということだ。ああ、やっぱりそういうことなのか。

店を出るとき、彼女は私を抱きしめた。そして、「あなたはもうわかっている」と言う言葉を何度も繰り返した。

ありがとう、シェリア。本当に私がその答えを見つけたときは、ちゃんとお手紙で知らせるからね。一生懸命やってくれて、どうもありがとう。

外へ出た。低かった空は、いつの間にかずいぶん高くなってしまっていた。西の空に浮かぶ雲が、金色に反射してまぶしかった。足元の自分の影が、通りの向こうまで伸びている。

さぁ、一晩眠ったら、再出発だ。
これから先、何が起ころうと私は決して何も見逃さない。きっと、すべてが私の問いへのヒントであろうから。

(つづく)



24日' SEDONA不思議体験ツアーの巻 その二
 
国立公園を出て20分ほど経っただろうか。私達の乗るジープは、くぼみの多い茂みに入ったところで停まった。そこは、間近にレッドロックがそびえ立つ静かな高台だった。あたりは茂みだらけだ。ふとレッドロックのてっぺんへ顔を上げると、ちょっと突起している部分の岩が、美しいアメリカンインディアンの女性の姿に見えた。岩に溶け込むように立って、街を見下ろしている。腕には赤ん坊を抱えているように見える。

「あれは、自然に出来た突起なのです。決して人の造ったものではありません。美しいでしょう?」

デイビットが語る。うん、確かに美しいね。岩の紅さが、誇り高いアメリカンインディアンの女性にぴったしだよ。こういった不思議な姿に風化しやすい赤土に囲まれたセドナでは、アメリカ先住民のさまざまな伝説が残されている。それらの伝説は、目に見えない力を信じる人々を十分に刺激することだろう。伝説の多い日本から来た私にとっては、それらの伝説が刺激的というよりもむしろ、なじみ深いように感じてしまう。

「パワースポットのセドナでは、何が起こっても不思議ではないのです。」

こう言うと、デイビットは私達を茂みの中へ行くように促がした。
茂みを抜けると、そこには秘密めいた小道が続き、鳥の声や風に揺れる小さな野花たちが私達を迎えてくれた。途中で、デイビットが薬草となる黄色い花を摘んでいった。それから、一人2,3個の大き目の石を拾うように指示した。石を持ちながら歩いていると、まるで隠れていたかのように、こっそりとストーンサークルが姿を現した。

少し大きめの石が、不揃いにではあるが、円を描いていた。円の中には、やはり石で十字が描かれている。十字と円が交差する4つの部分には、他の石よりもやや大きめのものが置かれていた。デイビットは、途中で摘んだ黄色い花を、中心の石の上にお備えし、私たちは手に持っている石を十字の中心と円の途中に置いた。

「はい、皆さんここへ集まってください。」

デイビットがある円の中でもひときわ大きな石に皆を集めた。

「ストーンサークルは、自然との調和の象徴です。ここへは自然、宇宙のパワーが集まり、エネルギーを我々に与えてくれます。」

そして、きょろきょろと人を見回すと、私を見つめて頷いた。な、なんだ?

「見たところ、あなたが一番軽そうだ。」

そりゃそうだわよ。ガリバーみたいにでかいあなた達とは、造りが違うんでしてよ。
すると、いきなりデイビットが私を持ち上げた。まるで私は小さな子供のように、軽く抱き上げられてしまった。

「あはは!軽いとは思ったけど、こんなに軽いなんて!」

デイビットは声をあげて笑った。そんなに軽いかな。私は小さいけれど、密度が濃いから重たいはずなのに。

「では、今から私が言うことをイメージしてください。目を閉じて...深呼吸をして...」

私は言われるがままに、目を閉じて、大きく深呼吸をした。

「あなたは日に照らされています。その温かみを感じて...。」

ああ、そういうことか。瞑想みたいなやつなのかな。私、そういうのって得意なんだよ。

「すると、あなたの手足から、緑の葉が生えてきました。その葉はどんどん伸びでいきます。」

なるほどなるほど。それでそれで?

「足は大地と一体化してきました。あなたの足から、根が生えていきます。そして、体中が緑の葉で覆われます。」

ほほぅ。

「あなたはどんどん大きくなる...。そして、ついにあなたは大きな大木となってしまいました。」

私は自分の足が木の根と成り果て様を想像した。感覚的に、私は自然の一部になったのだとイメージする。私は、ただ自然の流れを感じて、滔々(とうとう)とした時の流れと共に生きていくだけの存在になったのだ。

「はい、静かに目を開けてください。」

目を開けると、少し傾いた日の光がまぶしく感じた。少し転寝をした後に感じるような、ちょっとけだるいけれど、なんだかすっきりしているようなこの感覚。うん、私、上手にイメージ出来たと思うよ。

突然、デイビットが私の脇に手を入れ、私を持ち上げようとした。足を踏ん張って、顔を真っ赤にしている。

「う、う〜ん!くっ、重い!だめだ!持ち上げられない!

おいおいおいおい、そりゃあないだろーーー。

「今、君の体は根が張ったように大地とくっついてしまったんだ。小さな女の子ならいざ知らず、大きな大木は僕にも引っこ抜くことは出来ないからね。」

周囲のおばさんたちが、感心する。中には羨望のまなざしを送る人もいる。
ちょっと待てーーーっ!そんなに簡単にデイビットのやってることを信じてしまっていいのかーーーっ。持ち上げないふりなんか誰にでも出来るだろーーー。

「このように、ここは自然のパワーで漲っているのです。」

うそだーーーーーっ!!!

「さぁ、皆さんでこのストーンサークルを回ってみましょう。」

デイビットを先頭に、私達はストーンサークルの回りをゆっくりと行進し始めた。2,3周すると、行進はなんとなく止まり、デイビットが口を開くまでに、皆は思い思いの場所に散らばった。

「ストーンサークルの、十字と円が交差する四つの点は、それぞれ正確な東西南北、それと春夏秋冬を現しています。分離している4つの面は、北側から誕生、幼児期、成熟期、老(死)を現しています。皆さんが今、そこに立っているその場所、それがあなたの現在のステータスです。」

え、そうなの?私、そういうこととは知らずに、何も考えないでこの場所に立っちゃったよ。
円の中心にいたデイビットが振りかえり、私から右側数メートル離れた位置に立っている女性を見た。

「あなたが立っている場所は誕生から幼児期の場所だ。見たところ、あなたはもう十分に成熟している女性だ(←中年と言っている)。何があなたの成長を妨げているの?何があなたを幼児のままにしているの?」

慈愛にあふれたまなざしで、デイビットが彼女に問い掛けた。

「私は...大人になるのが怖い...の。私は分別のある大人なんかより、子供のままでいたいのよ。私はいつまでも駄々をこねる子供のような人間なの。」

おい。おばさんはそこに腰掛けやすい木があったから、そこに腰掛けただけでしょーーー!?

「そう...。あなたは次のステップに進まなくちゃいけない。何も恐れることはないんだ。」

そう言うと、今度は私のほうを向いた。

「君も、幼児の場所にいるね。何があったの?いったい、何が君をそこに立たせたのだろう?」

えー...別に...これと言って意味はないよ。ただ、向こう側に立つと、太陽の光がまぶしそうだったから、木陰の方を選んだだけなんだけど。

「教えて。何があったの?」

デイビットの瞳はますます慈愛に満ちてきた。
どうしよう。言いよどんでいるから、深い意味があると期待されてしまった。ここで、木陰だったから、なんて言ったら、雰囲気ぶち壊しだよ。

「彼女は、これから夢に向かっていくところだから、何もかも達成をした大人の位置ではなくて、幼児の位置にいるんじゃないかしら。彼女のしているのことは、これからの世界に向かってどんどん成長していく幼児と同じよ。彼女はどんどん成長していく過程にあるのよ。」

「そうよ。アメリカの旅だって、始めたばかりだって言うじゃないの。」

周囲から声が出る。さぞかし私は、言葉の足らない頼りなげな日本人に見えたのだろう。なんだか知らないけど、私を見るおばさん達の目まで慈愛に満ちてきたぞ。この雰囲気は、なんなんだー。

次々と、デイビットが参加者に、なぜその位置を選んだのか?と質問していった。
すべての人がその質問に答えると、デイビットは皆に瞑想を促した。

「さぁ、皆さんで一年の四季を感じましょう。何もかもが芽吹く春です。暖かさを感じて...そして次は...」

この調子で一年の四季を体感したあと、私たちはジープに戻った。
来た道を戻るとき、私はおばさんたちから旅の工程について質問攻めにあった。

「オクラホマは通る?」

「ミシガンは?」

「残念だわ。コロラドには寄らないのね。」

ツアーが終わる頃には、同じツアーに参加したということで、なんとなく心がひとつになったような気がしてきた。もう二度と会うことはない人たちなのだろうけれど、この出会いは心に刻み付けておこう。

世界で唯一と言われる、赤茶色の壁に緑色のmマークのマクドナルドを通りすぎて、私達は街へ戻った。ツアーは終わり、ジープを降りて、皆とさよならの挨拶をした。みんな今日はありがとう。また、会う機会があればいいですね。

さようならと言いながら、皆、方々へ散っていった。私には、ストーンサークルより、こうした縁のほうがずっと不思議だった。

日は傾いていたけれど、夜までにはまだ時間があった。不思議体験不完全燃焼だった私は、更なる不思議体験を目指すことにした。

よし、次は『サイキックリーディング』だっ!!!

(つづく)



24日 SEDONA不思議体験ツアーの巻 その一
 
空は抜けるように青く、大きく、低く、真っ白な浮雲が彼方のほうまで続いていた。すっかり雄々しいその姿を現したレッドロックが、モーテルの前にそびえている。私は昨日交わした、モーテルの酔っ払いおやじとの会話を思い出していた。

ねぇ、おじさん、街にはスピリチュアルな人達がいっぱいいるでしょう?そういう人達って、みんな本物なの?人よりお金を欲しがる人達なんかじゃない?

「いいや、彼らはみんないい人だよ。彼らを恐れちゃいけない。人と違うからといって、恐れちゃいけないんだよ。怖くないんだから。」

と言うわりには、おやじはやけにニヤニヤしていた。ごまかそうとして宿帳に目を落としたが、たまらずに吹き出した。

「ぷぷーーーーっ!こりゃいいっ!Spiritual peopleだって!?こりゃいいっ!ああ、彼らは怖くないさ。ぶははは!
※ 注釈)感応者という意味で言ったのだが、この言葉だと、"洗礼によって神聖な魂を持った崇高な人々"とも取れてしまう。通常、キリスト教では、霊的な能力を持つことに対して否定的なので、おじさんは吹き出してしまったのだった。

まぁ、商売上手な人達ばかりじゃないんだったらいいんだけどさ。そんなに笑わなくたっていいじゃない。ぷん。

私は車に乗り込むと、アメリカンインディアンの聖地回りのツアー事務所まで赴いた。昨晩、何軒か電話で問い合わせてみたのだが、ここが一番誠実な対応だったのだ。

道順は簡単ですよ、と言われていたけど、やはり迷ってしまった。小さな街なのに、メイン道路をいったりきたりだ。ああ、あと5分で約束の時間になっちゃうよ。途中の公衆電話から、道に迷ったのでちょっと遅れる旨を伝える。なんでも私は正反対の方向へ走っていたらしい。

電話でお話した人は、昨日の予約のときに電話で応対した人と同一人物のようだった。声からすると37歳、独身って感じだな

ようやく見つけたツアーの事務所とは、宝くじを売っている、あの箱のような建物のことだった。宝くじ売り場ほどの箱家の中に、窮屈そうに座るアメリカンインディアンのおじさんがいる。どこからそんな巨体を箱の中に入れたのだろう。いや、感心している場合じゃない。えーっと、今日のツアーの予約をしているnonです。

「ああ、君か。ちょっと迷ってしまったんだね。ちゃんと来れてよかった。」

威厳のあるゆったりとした口調だが、温かい微笑みで迎えてくれた。うん、絶対に37歳の独身じゃないや。42歳、妻子ありだな。アメリカンインディアンの特徴でもある黒髪を伸ばし、後ろのところでひとつに結わいている。黒い瞳も、大きな鼻も、威厳があって包み込むように優しげだった。おじさんが後ろを見ろと、目配せした。振り向くと、カウボーイハットを被った中年の白人男性がにこやかに立っていた。

「今日のツアーのお客さんだね?はじめまして。僕はデイビット。今日の案内人を務めるんだ。」

はじめまして。あ、他にもお客さんがいるんだ。駐車場に、サファリパークにあるようなオープンジープが停まっていた。後部座席には、既に二人の白人のおばさんが座っていた。いやー、はじめまして。はい、日本からやってきました。ええ、アメリカンインディアンの聖地に興味があって。

挨拶を交わすと、デイビットが私を指して、助手席へ座れと合図した。他にもお客さんが参加するらしい。モーテルへ寄りながら、他の客をピックアップする。結局、客は全員女性だった。目的地へ向かう途中で、デイビットが何か説明しているが、エンジンの音にかき消されてよく聞こえない。真っ青な空と真っ白な雲と真っ赤なレッドロックを目指して、車が走る。顔に当たる風が気持ちいい。

今回のツアーでは、アメリカンインディアンの聖地を目指す。ここで言う聖地とは、いわゆるストーンサークル、英語でSacred stone circleという。呪術やお祭りに使われていたと思われる。その他にも、セドナに生息する薬草などについても説明をしてくれる。アメリカンインディアンは、病気や怪我など、自然から得た知恵と力を借りて治療に当たってきた。彼らの植物に対する知識は奥が深く、いかに彼らが自然のリズムと調和しながら生きていたかが窺える。

ジープは、道端に生える雑草や土の上に落ちる松ボックリを見つけるたびに停まり、デイビットがその効能を説明してくれた。中には毒薬になるものもあり、それらは量次第で薬にもなるし毒にもなるという説明を受けた。デイビットの説明を受けながら、ジープはどんどん高くへと上っていった。セドナの街が一望出来る高台を通りすぎると、もっと奥地へ進んでいった。ついにデイビットが車を停めたところは、なんてことのない雑木林と妙な形に突起する赤土、隠れ家のように建てられている小さな家が見える高台だった。下から川のせせらぎも聞こえる。乾いた黄色い花が咲き、足元には大きなアリが隊列を組んでいた。それにしても、なんて紅い土なんだろう

「なんで土が紅いかわかるかい?これはね、土の鉄分のせいなんだよ。鉄分の豊富に含まれるセドナの土は紅く、落雷を呼びやすいんだ。だから...」

デイビットは、だからこの地にはパワーがなんたらかんたらと言っていたが、後の言葉は耳に入らなかった。何?鉄分?落雷?私の頭にブライスキャニオンでの恐怖が鮮やかに蘇った。ブライスキャニオンもセドナのような赤土の世界だった。私は雷雲を頭上に、鉄分のたっぷり含まれた大地に取り囲まれていたのだ。ああ、私は本当に危険だった。思ったよりもずっとずっと危険だったんだ。無事でよかった。生きててよかった。私はあらためて胸をなでおろした。

「さー、大きく息を吸って。」

デイビットが皆に勧める。胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。体の隅々の細胞まで酸素が送られていくのがわかる。

「そして、この地のパワーを感じてください...。皆さんが見ているあの小屋。あれはこの辺りで一番パワーの強いところなのですよ。」

ん?パワーを感じるーーー?いっちゃあなんだが、私はセドナに微塵もパワーを感じることがなかった。少なくとも、デイビットの言うこの場所では、なんらパワーを感じない。じりじりと肌を焼く太陽の光と、それをじりじりと照り返す赤土しかない。その光線は、陽炎のように静かで、そしてないはずの音が聞こえてくるかのようだった。だけど、これはパワーじゃない。ここは、みんなが騒ぐようなパワースポットなんかじゃなくて、単なる磁場だ。昔から、私は電磁波に敏感だった。小さな頃は、隣の家のテレビのスイッチの入った瞬間がわかったもんだ。今だって、電磁波を出すもののそばへ行けば、それを感じる。あたしゃーエスパーなんかじゃないけど、スーパー自然児なんでぃ。(それとも耳が異様にいいのか?)

次にデイビットは国立公園まで車を走らせた。公園には大きな蟻塚がいくつもあったが、これらはデイビットの案内項目には含まれていなかった。私が蟻塚を熱心に観察している間に、デイビットは緑色の水が流れる川沿いへシートを敷いた。私は観察を諦めて、川で顔と手を洗った。川の水は、冷たくて気持ちがよかった。

準備が整ったようだった。皆、思い思いのポジションへ体を落ち着かせると、デイビットの声に耳を傾けた。私も慌ててシートの上に腰掛けた。

「古来からアメリカンインディアンがさまざまな自然を霊的なシンボルとし、そこからインスピレーションを得ることが出来ると信じられていたことは周知のことです。シンボルにはそれぞれ意味があります。これらのシンボルをカードにまとめ、今でも多くの占い師や感応者が、これらのシンボルから神の声、聖霊の声を聞いているのです。今回は、一枚ずつ皆さんにカードを引いてもらいます。そのとき出たシンボルが、皆さんの守護神であり、性質でもあるのです。」

デイビットの手には、カードと手引書と思われるものが握られていた。皆がカードを引く。私も引く。風に揺れる木の葉の音や川のせせらぎが、私の思考を溶かしていった。デイビットの声が私の耳を滑っていく。あー、高校の時も、数学の時間はこんなふうに先生の声が耳を滑っていってたっけ。

あなたのカードはなんでしたか?

え?私のカード?えっと、はいっ、白鳥ですっ。
おおっ...と皆がどよめいた。何?なんか特別なの?何?

「なるほど...あなたのシンボルは白鳥。意味は、Grace(優雅もしくは人を惹きつける美点)です。」

優雅さとは無縁のこの私に、なぜこんなカードが出るのかね?デイビットの説明は私の不可解な表情を無視して続いていく。

「白鳥は、雛のときは醜く、しかし時が来ると皮が剥けたように美しく生まれ変わります。しかし、その美しさや優雅さの下では、一生懸命に水をかいているわけですな。

ふむ。まるで私が見えないところで努力をしているように聞こえるじゃないか。それに、私が美しく生まれ変わるだって?あ・り・え・な・い・ね

「そうね。彼女には目指す夢があるようだし、それに向けてちょうど生まれ変わったみたいに環境を変えたところなのよね?non?」

さきほどちょっと世間話をしたおばさんが、複雑な顔をしていた私に、解釈へのヒントを与えてくれた。なるほどー。そういう解釈の仕方もあるわけね。このおばさん、オクラホマ州からセドナへ来たって言うんだけど、私がアメリカ一周の旅に出ていると聞くと、それはそれは感心してくれた人なのだ。

「勇気があるわねぇ。すごいわねぇ。」

繰り返し言ってたっけ。私はただやりたいことをやってるだけだから、本当にすごいことをやっている気なんかないんだけど、こうやってアメリカに住む人に"すごい"なんて言われちゃうと、なんだか途惑っちゃうなぁ。とにかく、このおばさんには善意しか感じられないのだ。

他の人は、ねずみのカードが出たり、アライグマのカードが出たり、さまざまだった。カードが出るたびに、デイビットが手引書を開いてその意味を説明する。不服そうな表情を浮かべる人もいたし、なんとなくデイビットの話に合わせてしまう人もいたし、デイビットの話をもっともらしい顔をして聞いているふりをする人もいた。

「この場所はね、やはりパワーの集まる場所なんだ。だから、みんなが引くカードも、自然と運命的なカードが出てしまうんだよ。」

ふーん。ま、さっきよりはずっと生き生きした場所だわね。でも、パワーねぇ?私はデイビットのパワーという話に懐疑的だった。

「さ、移動しましょう。今度はついに、ストーンサークルへ案内しますよ。」

皆の顔が輝いた。私の顔も輝いただろう。ストーンサークル!そこへ入れば、自然と体が熱くなったり、見たこともないビジョンを見たりと、とにかく不思議体験が出来ちゃうミステリースポットだ!そこならデイビットの言う"パワー"っていうのも、当然感じることが出来るだろう。

うきうきしながらジープに飛び乗った。
ストーンサークル...それは、アメリカ先住民の知恵が凝縮された、自然との調和を象徴した不思議な輪なのだ。ミステリー未体験のこの私でも、何かが起こるかな。

(つづく)



23日 新たなる風に吹かれよう
 
私達は、フェニックス(Phoenix)の空港にいた。美紀ちゃんと和田は、ラスベガスに寄ってグランドキャニオンを眺めてから日本に帰るということだった。あっという間の3日間だった。何をしてあげられたわけでもなかった。本当に、なんの観光もしてあげられなかった。アメリカらしいものを見せてあげられたわけでもなかった。

空港のハンバーガーショップで、私はすまない思いと日本までの無事を祈る気持ちを、言葉に出来ないでいた。

食事を済ませると彼女達は、小さなギフトショップを見てくると言って、席を立った。私は連日の夜更かしで、あまり頭が冴えていなかった。今日から再び東に向かう。居眠り運転などしないように、後で濃い目のコーヒーでも買っていこう。今日の目的地であるセドナ(Sedona)は、それほど遠いところにあるわけではなかった。半日もあれば余裕で到着だ。のんびり行こう。そうすれば事故にも遭うまい。それにしても、ちょっと行ってくると言ったわりに、彼女達は遅いな。もうそろそろ機内に乗り込む時間じゃないだろうか。

ギフトショップに探しに行こうと思ったところに、二人が店から出てきた。出発時間は何時なの?まだ間に合うの?

美紀ちゃんが飛行機のチケットを見て、出発時間を確認する。そして、腕時計を見た。あと10分あると言う。え、あと10分!?もうとっくに飛行機に乗り込む時間じゃないか!急いで、ゲートまで行かないと!

「それじゃあ、日本でね!気をつけてね!」

大急ぎでさよならを言うと、二人はバタバタと走り去っていった。セキュリティゲートを通るときにも、スタッフの人に急げと言われているようだった。慌てて二人が左へ曲がると、彼女達の姿は見えなくなった。

さー、また一人旅が始まるぞ。

私はくるりと見えなくなった彼女達に背を向けた。これから二人で旅をする彼女達が心配でもあったが、私は進むしかなかった。車へ戻って、トランクを開ける。4日前と同じように、私一人分の荷物が積まれている。後部座席も、4日前と同じようにガラクタがならんでいる。道を間違えてぐるぐると高速道路を回ったことや、ステーキハウスで食事前にカウンターでカクテルを飲んだことや、車の窓から街に落ちる稲妻を見たこと。他愛もない記憶の欠片が、車の室内のあちこちに散らばっているような気がした。

彼女達は日本の風を運んできてくれたんだ。今また、私はアメリカの風に吹かれようとしている。寂しくはなかった。ただ、彼女達と過ごした3日間が、私を新鮮に蘇らせ、新たに自信を与えてくれた。私は夢の一部を実行中なんだ。やろうと思ったこと、一生かけたって全部やるぞ。

エンジンをかける。アクセルを踏むと、再び東へ向かう旅が始まった。

フェニックスからセドナ(Sedona)までは、約186km。ひたすら I-17(Interstate 17)号を東に走る。州によって(もしくは郡によって)、道路のコンディションは変わるものだが、セドナ付近の道路はとても滑らかで、黒々としていた。以前、ホテルのフロントに「セドナってどんなところ?」と聞いてみたところ、「とにかく紅い岩しかないところだよ」という答えが返ってきたことがあった。今、私が目にしている景色は、まさに紅い岩、それもとてつもなく巨大な紅い岩が遠方に見えるという、それだった。

シトシトと雨が降っていた。ワイパー越しに見えるレッドロックは、霧に霞んでいる。低く立ち込めた雲の狭間に見え隠れする姿が、いかにも神秘的であった。街の入り口にビジターセンターがある。ここで宿の情報を仕入れるとしよう。

思ったよりも雨脚が強かったみたい。ちょっと外へ出ただけなのに、私の髪の毛はすっかり塗れてしまっていた。
ビジターセンターには、この辺りの情報のパンフレットがたくさん置いてある。眺めると、『スピリチュアル体験ツアー』とか『霊視します』とか『占いの館』とか、怪しげなパンフレットで埋め尽くされていた。

ちょっと待って。セドナって名前、どこかで聞いたことがあると思ったら、前に旅行雑誌の特集になったところなんだったっけ。ほら、アメリカンインディアンのストーンサークルでパワーを感じるとか霊的体験とか...。そうだ、ここは、"パワーの地"として全米のニューエイジ中心に広まりつつあるスピリチュアルスポットなんだった!

私はアメリカンインディアンが呪術に使っていたといわれている、ストーンサークルに関するブローシャを集めると、ザックに詰めた。

人の集まるセドナでは、宿の価格も安くはなかった。今週末はジャズフェスティバルも催されるということで、どこのモーテルも週末の料金を値上げする傾向にあった。そんな...そんなにお金ないよ。

「じゃあ、この建物の裏に建っているあのモーテルはどうかしら。あそこは街から遠いし、それほど高くはないと思うわ。」

親切なスタッフに勧められ、私は隣のモーテルのフロントまで出かける。フロントには、老眼鏡をかけたおじいさんが、雑誌を読みふけっていた。あの、今夜と明晩の宿を探しているんですが、おいくらくらいになるのでしょう。

「明後日からジャズフェスティバルだからね、混むんだよ。今夜は55ドルでいいけど、明日は95ドルもらうよ。」

ろれつの回らない口調でおじいさんが答える。さ、酒臭いぃーーー
私はすぐさまビジターセンターへ引き返した。ちょっと、あそこは安全なモーテルなんでしょうね。おじいさんったらお酒臭かったよ!

「そこがあのモーテルの問題なのよ!聞いたでしょ、ジム!!」

もう一人の男性スタッフに、女性スタッフが食って掛かる。うわー、私もしかして、チクリヤロー??

「大丈夫、あそこは安全なモーテルなのよ。でも、95ドルとは高すぎるわね。値段交渉をしてみたらどうかしら。今ならそれが出来ると思うわ。あ、でも、値段交渉をしろって言われたなんて言ってはだめよ。いい?」

わかったよ、あなたを信じるよ。
私は再び酒臭いおじいさんのいるフロントへと向かった。

「お、また来たかね。日本人のお嬢さん。」

ここに泊まろうかなって思うんだけどね、95ドルは高いから、もっと安くなったら泊まろうと思うんだ。そうでなければ別のところにいく。

「いくらならいいんだね?」

一瞬、戸惑った。実は、私は値引き交渉が大の苦手なのだ。そんな面倒な交渉をするくらいなら、お金を払ってしまいたくなる。しかし、それほどお金のあるわけじゃないんだ。このままこんな金額のモーテルがずっと続けば、近いうちに間違いなく破産する。でも、一体いくらって言ったらいいんだ?安すぎた金額を提示したら、帰れって言われるだろうし...。あー、わからないわからないわからない。

な、ななじゅう......いや、ハ、80ドルではどうでしょう?

90ドル

じゃ、85ドル。

......あんたは悪魔だよ。わかった、85ドルで手を打とう。

やった!ハンマープライス!しかし、おじいさんは酒臭い息でいつまでも、「まったく悪魔だよ」とぶつぶつ呟いていた。

ビジターセンターとモーテルを行ったり来りしたおかげで、すっかりびしょ濡れになってしまった。私は荷物を部屋へ移動すると、フロントから宿泊者サービスの熱いコーヒーを持ってきた。服も乾いて落ち着いた頃、雨が上がった。

周辺を散策しようと外へ出る。すると目の前で、レッドロックに立ち込めていた雲が、今まさに晴れ渡るという情景に出くわした。徐々に猛々しいレッドロックの姿が現れる。夕日に当たった崖の部分が更に紅く、まるで燃えているようだった。

明日はいいお天気に違いない。大きく伸びをする。雨上がりの、濡れたアスファルトの匂いの湿った空気をめいっぱい吸い込んだ。

早く明日になぁれ。

(つづく)

 

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